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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十九話 その流れは伏龍の如く
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揮下に置かれた騎兵連隊は先行して橋を確保、そして北方の『オオタツハシ』にて渡河を妨害している蛮軍部隊を背後より強襲すべく北上を開始しているはず――だった。
 だが伏沢橋を無抵抗で確保したのはいいものの『ナイオウドウ』に向かう街道上にて七千名程の混成部隊に砲のつるべ撃ちにあい後退を余儀なくされた。
 アラノック中将の下命に従い、ベルジャーエフは渡河を終えた部隊を糾合し、自身の猟兵旅団に砲兵、騎兵を加えた総計一万五千名による夜間行軍を敢行したのである。

「なっ‥‥‥これは!」
 だが――突如彼らは赤い光に照らし出された、燐燭弾、すなわち敵襲である。
「敵襲か‥‥慌てるな!猛獣使いと言えど所詮は聯隊にも満たぬ程度の小勢だ!軽臼砲に急ぎこちらも燐燭弾を――ッ!」
 その瞬間、ベルジェーエフの言葉は文字通り吹き飛ばされた、彼も幕僚達も慣れ親しみ、恐れることはあっても慌てることはなくなったはずの――砲声によって。
「馬鹿な‥‥先鋒は何をしていたのだ‥‥」

「伝令!伝令!前衛の第21猟兵聯隊より伝達!先鋒二個大隊は潰走せり!敵の総数は不明!!――」
 慌てふめいた伝令が駆け込んでくるが時すでに遅い。ようするに手際よく片付けられたという事だ。
「何たることだ!これでは腹に火薬を抱えて撃ってくださいと言わんばかりではないか!」
 頭を振って嘆きから指揮へと思考の方向性を立て直す、
「司令部から各銃兵隊に緊急伝達!中隊単位で方陣を組み、潰走した兵の収容を急げ!敵は少数だ。追い散らして見せろ!」

「はっ!」
 だが混乱は避けられない、地獄の訪れを告げる唸り声と〈帝国〉兵の悲鳴が聞こえる。
「猛獣使いめ‥‥」
 先鋒の騎兵が交戦した部隊には猛獣使いは確認されていない、だが旅団の食い散らかそうとするほどの砲火力を擁する猛獣使い達、ほぼ確実に泉川で開囲を成功させたこの国の近衛部隊だろう。

「各隊急ぎ方陣!前衛は急ぎ後退させろ!軽臼砲の燐燭弾と方陣さえ完成すれば敵ではない!」
 ベルジャーエフは愚かではない、むしろこの時点で下手に部隊を動かし積極的に事態を収拾しようとせず、素早く損切りを決断したのは或いは英断であったのかもしれない。
 だが夜間行軍自体は紛れもない失態であった。あるいは賢しらなものならば、こう言っただろう。「なぜ背天ノ業を恐れながらも易々と橋を明け渡し、大龍橋の背後をつかせると思ったのか」と。
 しかしながらその批判は的を外している。ベルジャーエフは夜間行軍の危険性は理解していた。泉川の敗戦からも学び、軽臼砲の準備を整え密集して行軍していたのだ。だからこそ、こういうべきだろう、状況と相手が悪かったのだ、と‥‥‥
 新城直衛がついに国の運命を揺り動かした一撃を受けたのだから。



七月二十七日 午前第七刻 
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