アインクラッド 後編
星降る夜に、何想う
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けでもない、羽毛のような心地良い沈黙。少しでも風が吹けば、たちまち吹き飛ばされてしまいそうな。
しかし――否、だからこそ。マサキの中で彼女に対する警戒心が鎌首をもたげ始めていた。
思えば、第一印象はお世辞にもいいと呼べるものではなかった。彼女にとっての自分だって、そうだっただろう。
それが、いつの間にか、週に何度も鉢合わせするようになり、彼女が家に押しかけてくるようになり。あまつさえ、こうして今、二人でダンジョンに潜っている。冷静になって振り返ってみれば、おぞましさえ覚えるほどだ。
なのに、何故。自分は、今まで彼女を遠ざけようとしてこなかったのだろう。
何故彼女は、自分などと一緒にいるのだろう。
ちらりとエミに目をやると、マサキの心情など知る由もない彼女が、空になった二人分のマグカップをストレージの中にしまいこんだところだった。彼女は座ったまま、マサキと肩が触れそうな距離まで近寄ってきて、黒のソックスが包むすらりと伸びた両脚をスカートごと抱きかかえる。そして、天井から垂れ下がった数多の星々を仰ぎ、歌うように口を開いた。
「わたしね、最近思うの。アインクラッドって、こんなに綺麗な世界だったんだ、って。……おかしいよね、もう一年以上もいるのに」
彼女はくすりと笑いをこぼすと、抱えた両膝に乗せた顔をこちらに向ける。
「でも、最初はただ、寂しくて、怖くて……景色なんてまるで目に入らなかったのが、マサキ君にシリカちゃん……色んな人と出会って、無理しなくてもいいんだって気付いて。そうしたら、今まで見えてなかった綺麗なものが、全部見えるようになった。透明な水がどこまでも続いてそうな湖も、ふかふかの芝生が生えた草原も……だから今、毎日がすごく素敵で、楽しいの。……マサキ君のおかげ、かな?」
「……何を、馬鹿な」
――不味い。
背筋を危機感が駆け抜けていくのを感じて、マサキは穏やかな光を湛えた二つの瞳から、逃げるように顔を背けた。
目を伏せ、肺に溜まっていた空気を一気に入れ換える。膝の上で、ランタンの光に照らされたエミの脚が影になって揺らめいていた。
やや間が空いて、右肩に重みを感じた。マサキはそれがエミの頭であると瞬時に直感した。右腕が、石になったみたいに動かなくなった。
目を瞑って、息を長く吐き出しながら数度首を左右に振った。吐き出した息が、誰が聞いても分かるほどに波打っていた。
右腕が、彼女の腕に巻き取られる。
仄かな温かさが伝わってくる。今にも凍り付いてしまいそうな、底冷えする温かさが。
顔を背け、目を瞑り、耳を塞ぎ。可能な限り彼女の存在を遠ざけようとするマサキを嘲笑うように、エミの体温と感触がマサキの意識にしがみついて離れない。
折り重なる息遣い。
同期する鼓動。
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