暁 〜小説投稿サイト〜
ソードアート・オンライン 穹色の風
アインクラッド 後編
星降る夜に、何想う
[5/7]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
けでもない、羽毛のような心地良い沈黙。少しでも風が吹けば、たちまち吹き飛ばされてしまいそうな。
 しかし――否、だからこそ。マサキの中で彼女に対する警戒心が鎌首をもたげ始めていた。
 思えば、第一印象はお世辞にもいいと呼べるものではなかった。彼女にとっての自分だって、そうだっただろう。
 それが、いつの間にか、週に何度も鉢合わせするようになり、彼女が家に押しかけてくるようになり。あまつさえ、こうして今、二人でダンジョンに潜っている。冷静になって振り返ってみれば、おぞましさえ覚えるほどだ。
 なのに、何故。自分は、今まで彼女を遠ざけようとしてこなかったのだろう。
 何故彼女は、自分などと一緒にいるのだろう。
 ちらりとエミに目をやると、マサキの心情など知る由もない彼女が、空になった二人分のマグカップをストレージの中にしまいこんだところだった。彼女は座ったまま、マサキと肩が触れそうな距離まで近寄ってきて、黒のソックスが包むすらりと伸びた両脚をスカートごと抱きかかえる。そして、天井から垂れ下がった数多の星々を仰ぎ、歌うように口を開いた。

「わたしね、最近思うの。アインクラッドって、こんなに綺麗な世界だったんだ、って。……おかしいよね、もう一年以上もいるのに」

 彼女はくすりと笑いをこぼすと、抱えた両膝に乗せた顔をこちらに向ける。

「でも、最初はただ、寂しくて、怖くて……景色なんてまるで目に入らなかったのが、マサキ君にシリカちゃん……色んな人と出会って、無理しなくてもいいんだって気付いて。そうしたら、今まで見えてなかった綺麗なものが、全部見えるようになった。透明な水がどこまでも続いてそうな湖も、ふかふかの芝生が生えた草原も……だから今、毎日がすごく素敵で、楽しいの。……マサキ君のおかげ、かな?」
「……何を、馬鹿な」

 ――不味い。
 背筋を危機感が駆け抜けていくのを感じて、マサキは穏やかな光を(たた)えた二つの瞳から、逃げるように顔を背けた。
 目を伏せ、肺に溜まっていた空気を一気に入れ換える。膝の上で、ランタンの光に照らされたエミの脚が影になって揺らめいていた。
 やや間が空いて、右肩に重みを感じた。マサキはそれがエミの頭であると瞬時に直感した。右腕が、石になったみたいに動かなくなった。
 目を瞑って、息を長く吐き出しながら数度首を左右に振った。吐き出した息が、誰が聞いても分かるほどに波打っていた。
 右腕が、彼女の腕に巻き取られる。
 仄かな温かさが伝わってくる。今にも凍り付いてしまいそうな、底冷えする温かさが。
 顔を背け、目を瞑り、耳を塞ぎ。可能な限り彼女の存在を遠ざけようとするマサキを嘲笑うように、エミの体温と感触がマサキの意識にしがみついて離れない。
 折り重なる息遣い。
 同期する鼓動。

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ