第一章
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空席
蒲生氏郷は織田家に召抱えられた、その時にだ。
重臣の一人である柴田勝家に何かと世話をしてもらった、柴田は顔は厳しく武張った男であったがその気質は実にいいものだった。
世話好きでしかも気配りもしてくれる、蒲生はそのことに驚き同僚となった前田利家に対してこんなことを言った。
「いや、権六殿ですが」
「お顔は怖いがな」
「はい、その実は」
「あれでな」
「心優しい方なのですな」
「気配りの方じゃ」
それが柴田だというのだ。
「織田家でも評判のよい方じゃ」
「ただお強いだけでなく」
「そうなのじゃ、人の心をご存知の方じゃ」
「そうなのですな」
「そしてな」
「はい、殿もですな」
「一見すると奇矯な方であろう」
前田は酒を飲みつつ笑って言った。
「まさにな」
「はい、しかし」
「あの方もあれでじゃ」
「気配りの方ですな」
「我等のことをわかって下さっておる」
「そしてそのうえで」
「用いて下さっておるのじゃ」
家臣として、というのだ。
「だからわしもお仕えしておるのじゃ」
「そうですな」
「確かにそのお怒りは凄いが」
一旦怒ると確かにだ、信長は雷の様に怒る。だが普段の彼はなのだ。
「我等に悪いことはされぬ」
「そうした方ですな」
「だから御主もな」
「そうしたことは気にせず」
「存分に働くのじゃ」
「わかり申した」
蒲生は前田の言葉に微笑んで頷き飲んだ、だが。
彼は仕えているうちにあることに気付いた、そのことはというと。
家臣達の席でだ、織田家きっての重臣である柴田よりも上座のその場所がだ。空いているのだ。彼は織田家に入ってすぐにそのことに気付いた。
そのことをいぶかしんでだ、彼は柴田に彼の屋敷に誘われ共に飲んでいる時に尋ねた。
「お聞きしたいことがありますが」
「何じゃ?」
柴田は共に飲む蒲生の言葉にすぐに応えた、大柄な身体に杯がやけに小さく見える。
「酒がまずいか」
「いえ、美味しゅうございます」
「ではどうしたのじゃ」
「はい、席が一つ空いていますが」
「わしの上にじゃな」
「家臣の中で最も上座にある」
その席がというのだ。
「それは何故でしょうか」
「それを聞くか」
「と、いいますと」
「御主ならこれでわかるな」
「はい」
一言でだ、蒲生は柴田に応えた。
「そういうことでしたか」
「そういうことじゃ」
「そうですな」
「うむ、殿にも思うことがあってじゃ」
「それでなのですな」
「ああされておられるのじゃ」
「ですな」
「それでなのじゃが」
ここでだ、柴田はこう蒲生に言った。
「御主もな」
「はい、暇があれば」
「行って来るがいい」
「そうさせてもらいます」
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