第四章 誓約の水精霊
第八話 闇からの誘い
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ベッドの上に横になり、暗い天蓋を見上げているのは、トリステインの新し王であるアンリエッタ。身に纏うものは、身体の線がハッキリと見えるほど、薄い肌着のみである。顔を横に向け、アンリエッタはぼんやりとした目で、机の上に積み上げられた書類の山を見つめる。
蝶よ花よと育てられたアンリエッタが、政治に精通しているわけはなく、側近の者の言うがままに政を行っている。政といっても、細かいところは全て周りの者が行い、アンリエッタは承認や印を押すだけでよかった。しかし、操り人形の様な王であるとはいえ、責任は生じる。
ただの馬鹿だったならよかった。
言われるがままに、何も見ず、聞かず、考えず、理解せず、知らずにいたならば……。
しかし、幸か不幸か、アンリエッタは馬鹿ではなかった。自身の決断が間違えれば、多くの国民を不幸にしてしまうことを理解していた。そこから生じる重圧は、まるで鉛のように全身にのしかかってくる。
「ふぅ……」
片手で顔を覆い、身体の中に感じる、ドロリとした熱を吐き出すように溜め息をつく。
指の隙間から、暗く染まる天涯を見上げる。
「ウェールズ様……」
アンリエッタの目に、闇が広がる天井に目映いほどに輝く星空が重なる。
三年前の、あのラグドリアン湖の一時は、まるで夢のようだった。
恋と言う甘い夢。
王の激務、奇跡の勝利、賞賛の声、聖女の称号……そのどれもが癒してはくれなかった悲しみを……。
その甘さだけが、一時、この身に満ちる悲しみを癒してくれた。
でも……。
「何故……あの時あなたは……」
それも、長くは続かない。
堰を切ったかのようにボロボロと涙が溢れ出す。
三年前。短い時間であったが、アンリエッタとウェールズは、ラグドリアン湖で何度も密会を繰り返した。そして、最後の密会の時。アンリエッタは水の精霊に愛を誓ったが、ウェールズは誓ってくれなかった。
ウェールズが自分を愛していたと確信してはいた。しかし、何故か彼は誓ってくれなかった。もし、あの時彼が誓ってくれたのなら……わたしは……。
静まり返った部屋の中、自身の耳にしか届かぬ声がする。
それは、三年前。
何度も耳にした言葉。
秘密の逢瀬の合言葉。
―――風吹く夜に―――
「……水の誓いを」
涙を乱暴に拭い、ベッドから起き上がる。明日は小康状態のこの戦争を、一気に打開させるための、大事な折衝がある。そんな重要な場に、腫れた目で行くことは許されない。顔を洗おうと、ベッドの上にある杖を持ち上げ、魔法で水を出そうと――。
扉から音が鳴る。
小さく、しかし確かに聞こえたその音に、何故か懐かしい気配を感じた。
その感触を気のせい
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