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氷結鏡界のエデン 〜影の使い手〜
01. プロローグ
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大量の出血と凍てつく雨、そして、背の少女の重みが、もはやそれ以上前へ進むことを許さなかったから。


……ちゃぷん。


薄暗い路面に、再び小さな波紋が生まれた。
公道を照らす街灯の下、ぼんやりと人影が浮かび上がる。

「…………」

その足音に、倒れていた少年がかすかに顔を持ち上げた。
凍える夜の下、身体のラインがわかるほど密着した法衣を纏う人影。
街灯の微弱な明かりゆえ顔までは確認できない。しかし、法衣を内側から持ち上げるように浮かび上がる豊艶(ほうえん)蠱惑(こわく)的な身体の曲線から、それが女性であるのは幼い子供でも容易に識別できただろう。

「──ようこそ、浮遊大陸オービエ・クレアへ」

艶やかな朱唇(しゅしん)でしっとりと微笑み、その女性が天を仰いだ。
若い女性。その声音から受ける印象は二十代前半、あるいは中頃といったところだろう。

「お前。否、お前たちを待っていた。お前たちがここに戻ってくるのを……そうだな、まるで行方知らずの恋人が帰ってくるのを待つような心境だった」

──神秘的な光景。

凍てつく雨が、女性の体に触れる寸前でキラキラと輝きながら弾かれていた。
まるで、透明な光の壁が、彼女と雨とを隔てて存在しているかのように。

「……………」

目の前の女性を、焦点の合わない瞳で少年が見上げる。

「ふ、もはや答えるだけの体力すら残ってないか」

女性が少年と少女に向かって手を差し伸べる。その瞬間。

──ヂヂ……チッ!……──

突如、雷光を思わせる青白い火花と、火花を飲み込む形で闇を想起させる紫黒の影が瞬間だけ実体化した。

「っ!?」

女性が反射的に手を遠ざける。だが、その指先には既に、ごくうっすらと火傷のような痕ができていた。
それを見て──

「……上出来だ」

闇夜の中、その女性が小さく笑った。

「『穢歌の庭』に満ちる魔笛──それも私の力に抗うほどの魔笛を宿しているか。よほど深い層まで落ちて行ったと見える」

少年と少女の身体から立ち上る奇妙な黒煙。それを愛おしげに眺め、女性は再び彼女に向けて手を差し伸べた。
少年がビクッと身をすくませる。その様子に女性は苦笑を隠そうともしなかった。

「本能的に拒絶を恐れる──正しい反応だ。もっとも、今に限ってはその心配もないぞ。わたしの側で小細工をした。私とお前が接触しても今だけは反発の危険もない。それは、つまり、もしもお前がわたしに敵意を抱けば、わたしは一切抵抗ができないという意味でもあるがな」
「…………」

倒れたまま少年が少女を見上げる。
鈍く輝く蒼色の双眸で、何かを訴えるように。

「なるほど、今のはわたしも少々無粋が過ぎたらしい。そうだったな。お前はただ、
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