気づいてない。
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た何かを感じて止まりかけた手をどうにか動かして、冷蔵庫にバターを戻して代わりに林檎ジャムを取り出す。まずはそれらを愛用するトレーに乗せ、かくんと船を漕ぎかけてははっとするティアの待つテーブルへ。
「先に食べた方が…」
いいんじゃないか?と言いかけるのが、突き付けられた手で止められる。
「頂きますは全員揃ってから…いつも言ってるでしょ」
まだ寝ぼける青い目の奥に、見慣れたいつもの鋭さが走った気がした。
食べれば眠気が覚める体質のティアだが、だからといって先に食べたりはしない。頂きますは家にいる人全員が揃ってから、おかえりと言われたらただいまを返し、誰かが帰って来たなら必ずおかえりを言う。それはヴィーテルシアの帰りがどんなに遅くなっても変わらず、あとは寝るだけの状態まで整えた上で寝ずに帰りを待っているのだ。
「…ああ、そうだったな。待っていろ、すぐに用意する」
そんな相棒のこだわりを無下にするなど有り得ない。いや、こだわり云々の前にそれが彼女なりの優しさだと解っているから大切にしたいと思う。数年単位、どこかで数え間違えていたとしたら十年近く姿と名前を変えて1人で生きてきたヴィーテルシアにとっても、愛されるべき時間を1人で生きていたティアにとっても、それは当たり前のようで何よりも遠い場所にあった事だったから、尚更。
ふっと微笑みを向けてからキッチンに戻る。食器棚から取り出した皿2枚にスクランブルエッグとベーコン、茹でたブロッコリーを乗せ、小さなボウルにはヨーグルトを。スープカップに昨日の夕飯で残ったチャウダーを注げば、準備は完了した。
「まあ、こんなものか」
「相変わらず朝から豪勢な…アンタの好みなら口出ししないけど、大変ならトースト1枚でも私は平気よ?」
「それでは腹が減るだろう?それに朝食は1日の始まりだからな、手は抜けん」
「んー…まあ、美味しいからそれでいいんだけどね」
「!」
ぴくり、いや、びくりと震えて振り返る。その振り返る速度が正直異常なほど速かったが、食べていない為まだ寝ぼけているティアはそれに気づいていない。
見開いた目がキラキラと光り、手が震える。わなわなと口が震えて、竜人たるティアでさえ耳を澄ませないと聞こえないような小声が零れるように出ていた。
「ほ…褒められた……美味しいって…ああどうしよう、俺はもう死んでもいいかもしれない…」
「ヴィーテルシア?早く食べないと冷めるわよ」
「!あ、ああ、そうだな」
半開きの口から流れる小さな声には全く気付かず、それでも引っ掛かりはあるのか首を傾げたティアにどうにか返事をして、向かい側の席に座る。
これは本当に数人しか知らない事だが、ティアは割と人を褒めるタイプだ。しかもさらりと。ただし誰も彼もという訳ではなく、親しい中である
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