気づいてない。
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てなかったかしら」
喘ぐような声が出る。自分でも信じられないような声だった。
ゆっくりと下ろした右手に、緩く掴んだ髪が数本抜けて乗っている。それは全部黒色で、更に頭を混乱させた。
それに対して、あの人の声は柔らかい。耳馴染のある、記憶にもしっかりと残っている声が聞こえる。
一体これは、どういう事なのだろう。
「おかえりなさい、――――」
この部屋も、この黒い髪も、微笑むあの人も。
もう2度とこの光景が戻ってこない事を、誰よりも知っているのに。
「んぅ…おはよ……」
「ああ、おはよう…起きてるか?」
「見ての通り起きてる…二度寝…」
「止めておけ、そう言って二度寝したお前は下手すると昼過ぎまで起きてこないだろう」
普段の姿からは想像が付かないほど危なっかしい足取りで、寝ぼけ眼を擦りつつ階段を下りてくる。青い髪は一部がぴょんと跳ね、歩くというよりは足を滑らせるようにして近づいてくる相棒に、ヴィーテルシアはふっと微笑んだ。
起きてすぐのティアは、まだ半分ほど寝ているような状態だ。水色の部屋着の袖から小さく覗く細い指がまた目を擦ろうとするのを見て、その手をやんわりと握る。
「あまり擦らない方がいい」
「眠い…寝たい……」
「む…」
これは困った。寝たいと言われてしまえば、その頼みを叶えてしまいたくなる。ティアが望むなら状況が何であれ全力でそれに応えると決めている以上、聞かなかったフリをする訳にはいかない。かといって二度寝となると無防備な彼女1人を置いていくなど言語道断で、ギルドに行く訳にもいかなくなり、そうなるとあのシスコンが「姉さんがいない…?……誘拐か!?拉致か!?どれであっても許さん消え失せろおおおおおお!」と怒号を挙げて街中を探し回る事になる。
クロスと似た思考だとよく言われるヴィーテルシアだが、何故彼の頭の中に“まだ寝ている”という選択肢がないのかはどうしても理解出来ないのだった。
「ううむ…」
さてどうしたものか。
白い手を緩く握ったまま真剣に悩みだした彼に、ぼんやりとした寝ぼけ眼をゆっくりと瞬きさせたティアはこてりと首を傾げる。
「何悩んでるの…?」
「いや、寝たいならそれを叶えるのが相棒たる俺の務めで、相棒としてお前の望みは全て叶える所存であって……」
「別にそんな大事じゃないって…朝ご飯は?」
「出来ているが」
「じゃあ食べる…で、起きる」
するりと握られた手を抜いて、床を傷つけないように少し持ち上げてダイニングテーブルの椅子を引く。僅かに停止したヴィーテルシアだったがすぐに冷静さを取り戻し、用意した皿にまずトーストを乗せた。1枚にはバターを多めに、もう1枚は先ほどより少なめに。ふわりと香ったバターの香りに既視感めい
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