気づいてない。
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心地よい陽だまりの中にいた。
金色の光が部屋を照らし、窓の外には見慣れた街並みがある。庭には丹精込めて育てられた数種類の花々が咲いて、ひくりと鼻を動かせばバターの香りがした。
そういえばパウンドケーキを焼くと言っていたか。にこやかにキッチンへと入って行った姿を見送って、気づいたら寝ていたようだ。睡眠不足な訳ではないが、ソファーに寝転がってしまえば数秒で寝入ってしまう。元々寝るのは嫌いじゃないから構わないが、どこでも寝られる上に寝つきがいいというのは意識しないうちに眠ってしまうから時々困る。
「目が覚めた?」
体を起こすと、誰かが問うた。声のする方に目を向けるが、逆光で姿がおぼろげにしか見えない。窓辺に置かれたロッキングチェアを揺らすその人が、何故か記憶からすっぽりと抜け落ちていた。
けれど知っている。この声を覚えている。こうやって問われた事は、今が初めてじゃない。何の確証もないけれどそう思えてならなくて、曖昧なまま頷いた。
「そう。ぐっすり寝てたから起こさなかったけど…あ、ケーキ焼けたわよ。食べる?」
その問いかけにも頷く。
何だか解らないが、食べたいと思った。覚えのない人が作ったもののはずなのに、美味しいと即座に思っていた。
「解った、今持ってくるわね。端っこ、あなた大好きでしょう」
確かにそうだ。端と真ん中、どちらか選べと言われたら迷わず端を選ぶのは昔からの好みで、それを知っているのは片手で数えられるほどの人数だけで―――――……?
(…誰だったか)
それすらも消えていた。自分の好みは覚えているのに、その好みを覚えてくれている人の事は忘れている。そんな人がいたのは覚えているのに、顔も名前も思い出せない。
きっと、この人もそんな数少ない中の1人なのだろう。なのに解らない。思い出せない。
「……」
ロッキングチェアが揺れている。ふと訪れた静寂に俯いていた顔を上げると、陽だまりの中でその人は微笑んでいた。
気づけばバターの香りは消えて、あんなに眩しかった光も相手の顔が判別出来るほどには落ち着いている。窓の外は異様なくらいに真っ白で、僅かな金色を弾いて煌めいていた。庭の花もまるで呑み込まれていくかのように白に染まって、咲き誇る姿を押し潰す。
「…あ……」
けれど、そんな背景に意識を持っていく余裕はなかった。
先ほどパウンドケーキを持ってくると言ったその人は、どこにも動かずにそこにいた。ゆらりゆらりとロッキングチェアを揺らして、萎んでいく陽だまりを背にこちらを見ている。
思い出した。いや、覚えていた。忘れる訳なんてなくて、なのに今の今まで記憶から飛んでいた。咄嗟に頭に持っていった右手が、くしゃりと髪を緩く掴む。
「どう…して……」
「あ…そういえば、まだちゃんと言っ
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