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第一章
座敷牢
この話が何時の時代のものか、最早知る者はいない。
おそらく昭和の初期だっただろう。だがそれもはっきりと言える者はいなくなった。とにかくそれだけ人々の記憶から忘れられた、忘れられなくてはならない話だった。
旧家であった。しかし見事な家であった。そこにある書生が入った。
名を浜口金之助という。将来有望とされている青年であり帝大に通っている。縁あってこの家に部屋を借りてそこから大学に通うことになったのだ。
家の者達は彼に非常によくしてくれた。御馳走や服だけでなくだ。学費はおろか本を買う金、遊興費まで出してくれた。これには彼も驚いた。
しかし家の主、厳しい顔をしてカイゼル髭を生やしいつも和服を着ている彼はだ。彼に対してその厳しい声でこう言うのだった。
「それは気にしなくていい」
「気にしなくてですか」
「そうだ、いい」
こう言うのである。
「そんなものは我が家にとってはどうでもいいことだ」
「お金のことはですか」
「金は我が家には幾らでもある」
だからだというのである。
「だからだ。気にしなくていい」
「それはまことですか」
「嘘を言うこともない」
主はまた言った。その厳しい声でだ。
「そういうことだ。わかったな」
「わかりました。それでは」
「君はそのまま学問に励むのだ」
「それでいいのですね」
「学生の本分は学問だ」
古来より言われていることもだ。告げたのである。
「だからだ。頑張るようにな」
「わかりました、それでは」
こうしてであった。彼は何不自由なく屋敷に置かれた。この家は酒問屋であり確かに裕福であった。屋敷には多くの使用人達だけでなく主の家族もいた。その妻に娘達だ。娘達ばかりが四人もいて誰もまだ結婚していない。しかしであった。
「下の三人の方々はです」
「もうお相手が決まっています」
「許婚が」
古く家柄もある裕福な家だ。許婚がいるのも当然であった。
「しかし長女様はです」
「まだ決まっていないのですよ」
「相手が誰かいればいいのですが」
使用人達はこんな話をするのであった。そしてだ。
自然と金之助についてだ。ひそひそとであるがそれでも話をするのであった。
「浜口さんならどうかな」
「ああ、あの方なら帝大に通っておられるしな」
「若いながら真面目で立派な方だ」
「しかも目鼻立ちも整ってるしな」
「いいな」
こう話す。そしてであった。
自然とだ。家の主からもだ。こう声をかけられてきた。
「君にはだ」
「はい」
「できればだが」
こう前置きしたうえでだ。そのうえでの言葉だった。
「この家にずっといてもらいたい」
「この家にですか」
「そうだ、ずっとだ」
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