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蒼き夢の果てに
第6章 流されて異界
第129話 白昼夢
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立て板に水状態で思い付きの設定を口にする俺。
 ただ、あまりしつこくツッコミを入れられるのも厄介なので、

 合わせる視線。その瞬間、小さく首肯く彼女。
 ふたりで合わせるように柏手をひとつ。見事な重なりを見せた柏手によって、それまでの会話は完全に途切れる。
 そして、

「我は祈り願う。この場に三尸の姿を現さん事を――」

 簡潔に唱えられる口訣と、結ばれる導印。
 その刹那――


☆★☆★☆


 じりじりと燈心の燃える音のみが室内に微かに響き、揺れる赤い光が几帳(きちょう)に不穏な影をふたつ作り出す。
 瞬間、強い風に晒されたのか、家の何処かがまるですすり泣くかのように軋み始めた。

「我らが主は重い租に苦しむ民の為に兵を挙げたのだ。帝に反旗を翻す心算など毛頭なかった」

 二筋の燈台の明かりにのみ支配された室内は暗く、目の前に居る人物の服装さえ曖昧。着物のようであり、そうではないようにも見える。おそらくかなり古い時代の日本の衣装、直垂(ひたたれ)と言う服装だと思う。
 部屋は板敷き。御膳に乗せられた素焼きの食器の上には質素な……。しかし、量だけは十分だと思われる料理の数々。

 刹那。目の前の男が、素焼きの盃に注がれた白濁した液体をあおるように飲み干した。
 年齢不詳。烏帽子を外し、(もとどり)すらも解いた髪の毛はまるで女性。但し、その容貌は男性。
 それも、明らかに信用の置けない相手。その細い瞳に浮かぶ色は怪しく――

「都で貴族どもが何をして居るのか。その貴族――遥任国司(ようにんこくし)に任じられた目代どもが何をしているか知らない貴殿でもあるまい」

 その刹那、燈台の明かりの加減であろうか。目の前の男の瞳が赤く光った。その目を見た瞬間、背筋に走る寒気と……そして、奇妙な既視感。
 この瞳と……そして、声には覚えが――
 ゆっくりと大きく成って行く不気味な気配。切燈台(きりとうだい)の光の届かない部分。例えば部屋の角や天井の隅。几帳の影などにわだかまる闇が、徐々に膨らみ始めているかのような、そんな錯覚さえ感じ始めた。
 まるで時代劇の一場面。ただ、これが三尸により見せられている映像だとすると……。

黄泉坂(こうさか)殿の力を借りられれば、この地に眠る神。彼の蝦夷(えみし)の長、阿弖流為(アテルイ)が祭ったとされる神の能力を――」



 雲のない氷空。冴え冴えと光る月が夜空を支配し、
 すぐ間近まで迫った山の木々の影が覆うように存在している池は、蒼よりも闇の気配の方が濃い。
 視野は……。見渡せる範囲内は、ただひたすら暗い。
 そう、月明かりの下、ほとんど見渡せない周囲に、黒々とした水面が静かに広がり……。

 微かに揺蕩っていた。

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