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逆さの砂時計
生の罪科 3
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 しかも、考え方がとても繊細だ。
 あまり誉められたものではない口調や仕草も、おそらく男性からの暴力に対する防衛策が習性化したのだろう。
 ご令嬢の振る舞いを教えたら、案外あっさりと身に付けるかも知れない。
 などと、思っていたら。

「ま、いっか。汚さんように、できる限り気を付けて着るよ。ありがと!」

 にかっと、満面の笑みが咲き誇った。

「……はい」

 必要ない。
 彼女はこのままで良い。
 彼女には、ご令嬢のような慎ましい微笑みよりも、無邪気で汚れ無い子供そのものの鮮やかな笑顔が似合う。
 もっと見たいな。

「なんだよ」
「え?」

 …………え?
 どうして、ロザリアに向かって手を伸ばしてるんだ?
 私は、何を……?

「? 変な顔。熱でもあんの?」

 背伸びした彼女の瞳に、目を真ん丸にした自分の顔が映る。
 額に ぴた と当てられた手の柔らかさで、体が竦む。

 なんだろう、このむず痒さは。
 肩から上が物凄い高速で小刻みに振動してる……みたいな錯覚。
 頬が、熱い。

「い、いえ。なんでも、ありません、よ?」
「ふぅーん? 一応言っとくけど、お前が病気になっても看病はしないぞ。どうも私は、そういうのが苦手だ。自力で治せよな!」

 また。
 にかっと笑う。
 ぱしぱしと私の背中を叩いてから、ワンピースをクローゼットにしまう。
 その姿を見て、胸の奥にふわりとした温かいものが灯る。

 …………危険だ。

 私は、彼女に触れようとした。
 善を殺した、この手で。

 忘れてないか?
 私は、『レスター』が犯した罪を償う為に生きている。
 『クロスツェル』は戒め。
 生涯を女神アリアに捧げると誓った、罪人の名前だ。
 よりによって聖女に触れたいなど、ありえない。
 ありえてはならない。

 また、殺すつもりなのか! 私は!!

「……病気ではありませんよ。大丈夫です」
「なら良いけどなー」

 祈ろう。
 私の願いは、彼女の幸福。善の幸福。
 どうか、ロザリアの笑顔が途切れることなく続きますように。



 …………声が、聴こえる。
 日に日にはっきりと言葉を紡いでいく、欲に(まみ)れた汚らわしい自分の声。
 ロザリアに触れたいと。
 ロザリアを抱きしめたいと渇望する、どこまでも醜い自分の声。
 ロザリアが無邪気に笑うたび濃くなる、膿にも似たドロドロの感情が。
 滲んで、積もって、私の器を埋めていく。

 ああ……。
 私は結局、どれだけ名前を変えても、罪を償おうとしても、罪人なのか。
 中央教会の同僚達は、何一つ間違っていない。
 私は汚らわしい。
 魂から既に存在を誤っている。
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