暁 〜小説投稿サイト〜
相模英二幻想事件簿
File.1 「山桜想う頃に…」
\ 不明
[6/6]

[8]前話 [9] 最初 [2]次話
主が代々行ってきたこと。そして…この山が桜で満たされている理由…。」
 兼造が語ったことを謙継も良く知っている風で、暫くは互いに睨み合っていた。だが、謙継の方が根負けしたように溜め息を吐いて言った。
「そうか…知っていたか…。確かに、ここは元来墓所としての役割がある。それも、戦で亡くなった者を葬るためのな…。」
「あの小さな社は、その者等を英霊として祀るためのもの…。ですが、兄上はそれを知っていて、何故に来られなかったのですか?」
 その問い掛けは、再び緊迫した雰囲気を齎した。謙継は弟を見てはいないものの、そこからはこれ以上の問答は無用と言わんばかりの威圧感が出ていて、私でさえ身震いするほどだった。
 だが、兼造はその上に言葉をのせ続けた。
「知っておられるのでしょう?父上がここに葬った妾は、実は病死などではなく、父上の手によって…」
「それ以上口にするでない!」
 謙継は怒声を発した。その声は辺りに響き、憩いを満喫していた野鳥を飛び立たせた。兼造もその声には一歩身を引いたが、気を持ち直して再び口を開いた。
「知っておられた…だけではないようですね。分かってはいたのです。再び同じ事が起こる予感はあった…。」
 そう呟く様に言うと、兼造は兄の元へと歩み寄って行った。その表情には憐れみや憤り、哀しみや淋しさなど…様々な感情が入り乱れていた。
 一方の謙継は、あの柵へと手を掛けていた。先程の話が堪えているようだ。そうしていたため、謙継には兼造の表情を見ることは出来なかった。ただ…疚しいことを隠してきた者の様に、黙したまま俯いていたのだった。
 私は兼造が何を遣ろうとしているのかを察知し、何とか謙継に伝えようと叫んだ。だが、全くの無駄だった。その声は届かぬままに四散しただけだった。当たり前だ…これは、ただの記憶の断片なのだから…。
 暫くの後、とうとう兼造は兄の元へと辿り着き、ただ一言、目の前で俯く兄へとこう告げたのだった。
「さようなら…兄上…。」
 その一言でハッとして振り返った謙継は、弟の手に押され、寄り掛かった柵ごと転落してしまった。その目はカッと見開かれ、最期に映したのは、きっと哀しみに満ちた弟の顔だったに違いない…。
 兼造は涙を流していた。その場に膝をつき、兄が落ちて逝った底を見つめながら嗚咽していた。
「もう…こんなのはたくさんなんですよ…。兄上…貴方はそのまま罪を負うことなく…。」
 そう言ったかと思うと兼造は立ち上がり、流れた涙を拭うこともせずにその場を後にしたのだった。
 私は暫く誰も居なくなった場所を見詰めていたが、ふと一つの疑問に思い至った。


私は…誰なんだ…?




[8]前話 [9] 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ