File.1 「山桜想う頃に…」
U 同日 PM1:48
[1/5]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
それは実に見事な山桜だった。改良された桜よりも花弁が小さいが、その愛らしさたるや、見る者を魅了して止まないだろう。
私達は間近と言うよりは、山桜からやや離れた場所へと腰を落ち着けた。そこには趣のある小屋があったが、その壁は四方を取り外せるようになっていて、桜庭さんが到着早々に全て取り外してくれた。花を愛でられるよう設計されているようだが、近くにも数本の山桜が植えられていた。恐らくは、いずれこの周囲も山桜で一杯にするのだろう。
だが、近くで見るよりも寧ろ、やや離れて見る方が美しく思え、私はその小屋から見る景色に目を奪われていた。
「全く…ここから見る景色は絶景ですね…。山桜もさることながら、下の町並みも風情があって良いですし。」
山桜と山から見える町並みを眺めながら、藤崎は桜庭さんへと言った。桜庭さんはそれの感想が嬉しいらしく、誇らしげにこう返した。
「そうなんですよ。町の大半は田畑ですが、この土地に残された家屋はどれも古くから継承され続けたものばかり。見ていると安堵出来ると言いますか、時間を忘れてしまうんですよね…。」
「そうですねぇ…。穏やかな気分にさせてくれる気がします。旧き善き時代が、まるでそのまま現代へと続いているような…。」
藤崎は桜庭さんの言葉に、そう言って相槌を打った。すると、今度は亜希が揶揄うように藤崎へと声を掛けたのだった。
「あらぁ…藤崎君がそんなノスタルジックな人だったなんて思いもしなかったわ。」
「亜希さん?俺は三百年も前の音楽を専門にしてるんだよ?それこそノスタルジーの宝庫じゃないか!」
「あら、ノスタルジーって郷愁って意味よ?藤崎君、三百年も生きてるの?」
「あのねぇ…。」
眉をピクつかせながら亜希を見る藤崎に、私も桜庭さんも吹き出してしまったのだった。
暫くは話をしながら景色を堪能しているうちに、あっという間に陽も陰り始めた。そうして酒も肴も無くなった頃に、見計らった様に女将自らが夕食を運んできてくれた。
「宿を空けて大丈夫なんですか?」
私は心配になって女将に聞くと、女将は笑ってこう返したのだった。
「ご心配には及びませんわ。主人も仲居頭の星山さんも居りますし、そう長い時間空ける訳でも御座いませんので。」
そう言いながら女将は私達の前へと夕食を並べてくれたが、これがまた豪勢なものばかりで、私達を驚かせるには充分だった。そんな私達の表情を見て、女将と桜庭さんはしてやったりといった風に顔を見合せて笑ったのだった。
「これが当旅館の自慢なんですよ。どの様なお客様も、この料理を並べた時には驚かれます。板前である染野が立案致しまして、安い食材で良いものをと。そして見映えも鮮やかであれば、きっとお客様もお喜び頂けるのではないかと。」
「はぁ…染野さんという方は、凄い腕の持ち主
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ