羽と華を詠み、星は独り輝く
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桃香殿に用事が合って来たのだろうがそのような格好をしている……ということはその用事はまだ始まらないのだろう? 用事の前に一杯くらい付き合えとその鈍感男に伝えてくれ」
綺麗にウインクを残した星は、くるりと反転、上機嫌な足取りでその場を後にする。
南蛮からの客を相手にする仕事を投げ出したとなれば、星とて愛紗に何を言われるか分かったモノではない。例え秋斗が来ているとしても夜中まで仕事に縛られる……それだけは御免だった。
振り返ることなく彼女の足音が遠くなったのを確認して、詠は一歩、また一歩と秋斗に近付く。
不安が胸に浮かんでいた。恐怖も僅かに湧いている。
――趙雲がアレを普通に感じたってことは……やっぱり……
遠目で見た限り、秋斗が絶対にしない行動をしていたと詠は判断している。
押し倒されたなら抵抗するはず……否、罪悪感に耐えかねて、“記憶を失っていた秋斗”なら自分が記憶を失っていることを絶対にばらす。
劉備軍に波紋を広げられると知っているから余計にそうする。過去の友達を傷つけることすら厭わずに……“曹操軍の徐公明”なら、確実にだ。
ふるふると首を振った。拳を握り、勇気をと唱えた。万が一戻っていたなら……今だけは詠が“黒麒麟”を相手取らならなければならない。
誤魔化し、曖昧、ぼかしは常套手段。見極めが出来たのはいつだって雛里と……秋斗の苦手な相手である華琳くらい。
ピクリとも動かない彼の前に立った。
大きく深呼吸。目を瞑り、覚悟を決める。何か言葉を話す前……秋斗に一番効く方法を知っている。
――確かめるなら、直接。“あの時”もそうしてこいつの弱さを吐き出させた。だから……
目を見てしっかりと彼の状態を確認する為に身体をこちらに向かせようとして、彼が動いた。
片方の掌で顔を覆い小さく震える。緩い息を数度、そのまま彼はのそりと身体を起こし始める。
とりあえずは怒ったほうがいいのかもしれない。そう考えた詠は尖らせた唇から言葉を流す。
「あんたねぇ……っ……」
されども途切れる言葉。息と共に飲み込んだ。
掌で覆ったままの顔からは表情が伺えない……しかし、指の隙間から見えた瞳の仄暗さに背筋が凍りついてしまった。
――な、なんて目ぇしてんのよ……。
詠にとって、絶望の底を覗き込んだ彼の瞳を見るのは初めてだ。
昏い暗い色を宿した闇色の瞳は、僅かな希望の光さえ映していない。
ダメだ、と思った。
しっかりと彼と向き合わなければ、そうしなければ……今にも彼が消えてしまいそうに感じて。
だから詠は……彼の胸倉を両の手で掴み上げた。
外された掌、闇色の瞳が見下ろしてくる。無感情で無機質、ぞっとするような虚ろな目。何にも心を動かさないような
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