狂い咲く黒の華
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聞いたからって目立つんじゃなかった。
一人で街を見る、というのは益州に向かう時点で決めていたことだ。
えーりんという精神的な支えを側に置かないことで昔に近しい状況を作り、その時に劉備と関われば記憶が戻るやもしれない、と考えていたのが一番だった。
何も初めからひなりんに頼っていたわけではあるまいし、劉備に着いて行くことを決めたのは他ならぬ黒麒麟の意思だ。
だからこそ、民の振りをして近付いてでも劉備と言葉を交わして、記憶が戻るか確かめたかった。
他にも一つ。
この世界の劉備については周りから聞いているが、実際に感じることこそが最大要因。黒麒麟という名の無い状態の自分で見極めたかったというのも大きい。
戻らない場合のことも考えて、敵の情報や心理の動き、思考能力を知っておいた方がいい。特に敵方の王の機微を知れば自分の中でも選択肢が取り易くなる。
えーりんの心配を無視すれば、であるが。
他にも多種多様な狙いがある。
俺が一つの目的の為に動くことなど無い。利を計算した場合、こっちの方が有益になりそうだったのだ。
劉備と曹操の施政による影響の違いを見ること。
劉備と曹操に対する民の評価を知ること。
辺境地ではどれだけ河北の大乱が知れ渡っているのか確かめること。
そして、黒麒麟に対する民の考えを聞くこと。
生の情報は宝だ。民が語る表情や仕草、声の抑揚を聞くことにすら意味がある。
生きていた時にしていた仕事、営業という職業柄、普通よりも人の機微を読みやすいと思う。
言葉だけが情報ではなく、敵対国の民心を細部まで把握したかった、と言いかえよう。
それらの目的は十分に果たした。
というよりも……成都の今の状態や劉備軍の情報を集めれば集める程に、より有益な策を思いつけた。
後でえーりんに話そうと考えながら、劉備を探している内に喧騒を見つけてしまった結果がこの状況。
目に涙を溜めた綺麗な女に押し倒されて、あげくの果てに幸せを一杯に映し出した表情で、
「……おかえり……“秋斗殿”」
そう、告げられた。
気付かぬはずはない。劉備軍の内の誰かだ。俺の真名を知っている時点で親しい間柄。
関羽や劉備は交渉の席に居たと聞いたのでこの歓びようからは有り得ない。
なら……必然的に張飛か趙雲。
公孫賛は真っ先に除外した。揚州に行ったと聞いていたから……否。
自らに溶け込んでいる一人の少女――関靖の記憶の断片を見せられた事がある。赤い髪をしている白馬の王を忘れようとしても忘れられない。
彼女が愛した王を見間違うはずがない。
困惑のまま思考を回す。
――どっちだ……そういえば張飛は季衣がちびっこって呼んで……――――
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