思いと望み
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座らせ、手早くお茶を淹れて差し出す。
女性は純白の陶製カップをそっと手に取り、口元に寄せて果物に似た仄かに甘い香りを鼻で確かめる。
「……優しい」
「私のお気に入りです。ゆっくりして行かれると良いですよ」
男性も向かい合って椅子に座り、お茶を口に含む。
ついさっきまで、アリア信仰は危険だ、放置してはならないだの、今こそ教団の正しき教えを奴らに示すべきだのと無責任極まりない発言の嵐に襲われていたからか。柔らかな喉ごしがいつもより早く広く体内に浸透する。
ふぅ……と息を吐くと指先にまで熱が行き渡って、全身がぽかぽかと温かくなった。
「美味しい……こんなに優しい飲み物は久しぶりです。ありがとうございます」
女性も一口飲んで、頬を赤くしながら目を細めた。
気に入ってくれたらしいと、男性もつられて微笑み返す。
「こちらこそ、ありがとうございます。おかわりは好きなだけどうぞ」
そういえば、お茶に合うお菓子があったなと男性が立ち上がり、事務机の棚を漁って振り返ると……女性の姿は忽然と消えていた。
「……忙しい方のようですね」
四つ足のテーブルに空のカップを戻し、その横にお礼のつもりなのか白い百合を一輪置いて。
結局、彼女は何をしに来たのだろうと首を傾げる。
悪意は少しも感じなかった。其処に居ただけ。何をするつもりもなく、居ただけ。
「……彼女が安らぎを得られると良いのですが……」
置かれた百合を持って香りを楽しむ。
少しだけ目眩がしたのは、思ったより強い香りの所為だろうか。
あの人は大丈夫。あの人は私に敵意も害意も無かったし、好意も何も無かったから。
温かい。本当に温かい飲み物はとても久しぶり。涙が零れるくらい、温かかった。
優しい人は居る。どんな世界でもどんな状況でも、優しい人は必ず居るんだ。そんな存在になりたくて……でも私は、そうはなれなかった。
「クロスツェル……」
草原で時間を止めたまま眠る男性の冷たい額に触れる。ぴくりともしない体に、また涙が零れた。彼の頬にぱたぱたと落ちる涙は、だけど彼を解かしてはくれない。私に優しくしてくれた彼は、時を進めれば本当に死んでしまう。もう、私に笑い掛けてはくれない。
大切にしたいものはいつだって指をすり抜けて、私を置いて消えて行く。
いつからだったろう? 世界に問い掛けるのを止めたのは……
「クロス…… っ!?」
突然。
クロスツェルの体が目の前から消えた。
空間転移。理解した瞬間に、彼が連れ去られた場所へ跳ぶ。
「レゾネクト!!」
クロスツェルの体を足元に寝かせて、彼は山中の崖先に立っていた。遠く広がる木々の海を背負い、青空に流れる白い雲を翼にして悠然と笑う。
「返して! 彼には危害を加えな
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