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逆さの砂時計
べぜどらくん・しょっく!
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だ。
 「うん! これなら大丈夫ね。入って良いわよ」
 同じ作業着に着替えたマリオンが厨房への扉を開いて俺を手招く。
 道具と作業台と取り置き場と焼き窯で詰まった狭い室内は、それでもきっちり整えられてて動きやすい。教会の最低限揃ってれば良い感とはまるで違うな。創意工夫の為の道具選びにも、マリオンの感性が見え隠れしてる。
 「これから明日と明後日分の仕込みをするの。と言っても、殆ど終わってるんだけどね。こっちが熟成を待つ段階で、こっちが二次発酵中。今からお兄さんが運んでくれた小麦粉を使っ」
 「ちょっと待て」
 「? なにか?」
 「今、二次発酵とか言ったか?」
 二次発酵……発酵?
 まさか
 「ええ。新しく生地を作って発酵させる間に、こっちを切り分けて熟成の段階に入」
 「此処のパンは発酵食品なのか!?」
 嘘だろ!? どう見ても腐ってないぞ!? 糸も引いてないし!
 「?? 小麦粉を使ってたら大体は酵母で発酵させてると思うけど。お兄さん、平焼きパンが好きなの? え、でも……え?」
 マリオンが首を傾げたり目を瞬いたり、不思議そうに手を上げ下げする。
 小麦粉を使う以外のパンなんてあるのか? クロスツェルが使ってたのも小麦粉だぞ?
 ……まさか、そんな。
 「……作って、見せてくれないか……? 生地」
 意を決して絞り出した俺の言葉を、マリオンは「え? ええ……」と困惑しながら了承した。
 手早く用意された材料を秤に掛け、総てを混ぜ合わせて根気よく丁寧に捏ねる。それを器に移して厨房の隅に設置された室へ入れ……同じだ。クロスツェルの作り方と。俺がしてた作業と全く同じ。
 どういう事だ……? これの何処に腐る要因が有るって言うんだ!?
 しかも二次って何だ二次って。二回も腐らせてんのか!?
 いやでも、腐ってるのとは全然様子が違うじゃないか!
 「訳が分からないっ!」
 「えーと……もしかして、発酵が何かを解ってない……の?」
 作業を終えたマリオンの言葉が、クロスツェルに見せられたおぞましい物体をまざまざと思い出させる。
 「そんな筈ないだろう! 俺は直に見たんだ! 蜘蛛の糸のように伸びる粘液が絡み付く、腐った豆を! だが、パン生地はあんな風にドロドロでもないし、粘りはあるがあんなに醜悪な外見はしてな」
 「はい分かりました。パン作りの経験はあっても、具体的に何をどうしているのかは自覚してなかったんですね」
 「んなっ!?」
 た、確かに、作り方自体はクロスツェルの真似をしてただけだが……っ
 「面白いわね、お兄さん。パンに対する情熱は感じるのに、知識が少し偏ってるみたい。作り手としては美味しく食べて欲しいし……その為にも誤解は正したいかな」
 「誤解?」
 「あのね。発酵っていうのは……」

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