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二人で笑おう

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「お邪魔します」
病室のベッドで彼女はふてくされたように寝ていた。入り口には背を向けているため、顔は見えない。
「お帰り下さい」
 見舞いに来た僕に対しても、姿勢を変えることなく、ぶっきらぼうにそう言い放つ。けれど、その透き通った声にいつも通りだと安心する。
「お断りします、目の調子はどう?」
 部屋の隅にある椅子をベッドのそばに寄せ、腰を下ろした。
「微妙、うす暗い」
 彼女は寝がえりを打ち、天井に顔を向ける。ようやくこっちに目を向けてくれると思ったのに。意地でも僕に視線を向けない気らしい。
「手術も投薬ももう無駄なんだっけ」
 椅子から立ち上がり、彼女の顔を覗き込もうとしてみる。顔を窓へと戻された。
「うん、無理」
悲しいとか、嫌だとか、そういう感情は声色からは感じられない。諦めて僕は椅子へと戻った。
「いつかはわからないのか?」
 あえて主語は抜いて僕は問う。お互いの暗黙の了解くらいは守らなければ。
「早かったら、今週中くらいかもって」
 失明すると告げられ、視界が日に日に暗転する恐怖に、彼女は襲われている。どれくらいの恐怖なのか、考えても僕にはわからない。
 僕は彼女ではないから。
 心を殺し、歯を食いしばりながら漏れ出してしまいそうな気持ちを飲み込んだ。彼女にばれない程度に、深呼吸で肺の中の空気を入れ替えた。
「まあ、あとは口内炎がちょっとひどいくらい」
 彼女は飴玉を転がすように口内を舌で舐めまわす。舌の動きに合わせって頬の形は変わった。
「で、予想以上に目の進行が早かったのか」
「そういうこと」
 また彼女は他人事のように、どうでもよさそうに肯定する。一番辛いのは君のはずなのに。
 春休みから、毎日こうして会いに来ているのに、彼女の心情は未だに見えてこない。助けを求めたいのか、それとも放っておいてほしいのか。
 少しでもヒントを出してくれてもいいのに。
「暇」
 しばらく会話が途切れた後、変わらず彼女は僕に視線を向けないままぼやいた。まあもうすぐ入院から一カ月になるし、ずっと寝たきりも暇だろう。
「そうだ、京都へ行こう」
 突拍子もないことを言いだした。
「無理、遠いだろ」
「寺に行こう」
「近所の神社で我慢しなさい」
 僕が言い放つと彼女はまたふてくされて、ベッドにうつ伏せになる。全く、手のかかる子だ。
「そうだ、ラブホへ行こう」僕は言った。
「行かねえよ死ね」
 うつぶせのまま、籠った声で入院患者に死ねと言われた。ショックだ。
「わかったよ」
代案を出すため、思考を巡らせる。窓の外に目をやると、桜の花びらが踊るように舞っていた。空は雲一つなく真っ青で、吸い込まれそうだ。
それならこれしかない。
「散歩しよう、普通に」
 僕の妥協案に、彼女はようやくこっちを向いた
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