第三十二話
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ったからね。せめてもの心尽くしとして受け取ってくれ」
黒い着物には金糸で竹と一羽の雀の刺繍が施されている。
高級品であることは言うまでも無く、政宗様辺りが着ていてもおかしくないくらいに見事なものだった。
しかし竹に雀……これは偶然なのか、素性を知っていると遠まわしに言われているのか。
何か、コレ着て歩いてると伊達に仕えているけど家出中です、って看板背負って歩いてるような気がしてならないのは何故だろう……。
この辺り突っ込んで聞きたいところだけど、折角逃がしてくれそうなのだからむやみに聞いて自分の身を危うくする必要は無い。
「ありがとうございます、有難く受け取っておきます」
「それと、何か困ったことがあれば遠慮なく訪ねてくるといい。出来る限り力になろう」
それは多分無理だと思うけど……まぁ、一応何かの時に使えるかもしれないから覚えておこう。
「ところで、行くあてはあるのかい?」
「とりあえず、西に行こうとは思っているんですが」
まぁ、行き先が決まっているわけではないんだけれども、この状況では東に向かうわけにはいかない。
まだ伊達には戻れないしね。
「西か……ならば、一つ頼まれてくれないか」
「頼み、ですか」
竹中さんは懐から一通の書状を取り出し、それを私に手渡した。
一体何かと思って宛名を見れば、そこには“毛利元就”という名が。
いくら伊達家のこと以外はそれほど詳しくない私でも、流石に毛利元就は知ってる。
やっぱり昔の大河ドラマでやってた人だよね。
友達に暦女ブームに乗った奴がいて、それDVDで見てるって話したから知ってるんだよね。
「これを安芸の毛利元就君に届けて欲しい。それほど急がなくても良いが、あまり遅くなってしまうのも困る。
一応仕事として、報酬は前払いで出させてもらうよ」
一体何を私に押し付けたというんだろうか……何だか不安。
「くれぐれも中は見ないようにね」
「はぁ……」
竹中さんの意地悪そうな笑みに、私はそれ以上何も言うことは無かった。
この日の内に私は身支度を整えて、稲葉山城を後にすることにした。
背中は完全に治りきってるわけじゃないから、ちょっとしたことで痛みが走るけれども
古傷が開く程度じゃないし、無理をしなけりゃ平気だろう。
しかし、妙な文を預かっちゃったなぁ……まぁ、しばらく旅費には困らない程度は貰えたけども。
この文が伊達の不利になるようなものでないことを祈りつつ、安芸を目指すことにした。
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