暁 〜小説投稿サイト〜
逆さの砂時計
正義なんて存在しない
[3/6]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
汚れてくたびれた白いシャツと、関節部分が摩擦で白っぽくなっている青いズボンと、所々に穴が空いている傷んだ皮靴を履いた彼は、何かを呟きながらボサボサの短い黒髪を左手で掻きむしっている。
 地元民……ではない、かな? かと言って、観光客でもなさそう。

「どうかなさいましたか?」

 ただならぬ気配が漂う青年に、タグラハン大司教は躊躇(ちゅうちょ)せず声を掛けた。
 周りは緑葉が繁る木々に囲まれていて、近くに他の人影は無い。
 目につきにくい場所ってほどでもないけど……
 通行人の皆さんは、異様な風体の青年を避けていたのだろう。
 日常生活ではなかなか見かけない雰囲気だし、怖がるのも無理はないか。
 その点、私達は慣れているからねえ。ためらう理由は無い、けど、も。

「たん……異端、殺す……殺す殺す殺す殺す! 我ら以外はすべて邪教! 我らの神こそ、唯一にして絶対! 魂を害悪で満たす邪悪な愚か者共め! 消滅をもって罪を浄めるが良い!!」

 うん。なんとなく予感していた通り。
 青年が怒気と喜色を孕む顔を振り上げて。
 無防備な友人の腹部を狙い、体当たりするように右腕を突き出した。
 その手には、朝の陽光を弾く鋭い刃物。
 包丁、かな?
 気付いたタグラハン大司教が半歩下がり。
 彼の手前で、私が青年の腕を右脇に抱え込んで止める。

「……!?」
「物騒だね。包丁は調理台の上でこそ真価を発揮する物。外で振り回しちゃいけないでしょう? 一応聞くけど、怪我は無い? タグラハン大司教」
「おかげさまで無傷だよ、コルダ大司教」

 青年がありえないものを見る目で、私とタグラハン大司教を凝視する。
 老人にちょっと避けられたくらいで、そこまで驚かなくても。

「なっ、なにすんだよクソジジイ! 離せ、汚らわしい!」
「口の利き方がなっていませんよ、青年」

 逃れようと必死にもがく青年の顔を覗いて。
 タグラハン大司教がにっこり微笑んだ。
 青年の凶悪な目つきが、更にキツくなる。

「やかましい! 邪教徒に払う敬意なんざ持ってねぇわ! 今すぐ死ね! くたばれ、悪魔!」

 やれやれ。本当に口汚い青年だ。
 (ののし)る言葉が格好いいとでも思っているのかな。
 小物感丸出しで、こちらが恥ずかしくなるくらい、みっともないよ?

「痛っ」

 私が左手で、青年の腕の関節を軽く打ち、包丁を叩き落とした。
 それだけなのに、痛いって。
 君、自分の痛みは訴えるのに、誰かへの殺傷行為には容赦ないんだねえ。
 包丁なんか刺したら、痛いじゃ済まないよ?
 解ってる?
 解ってるよね。
 『死ね』って叫ぶくらいだし。

「これは没収させていただきます」

 タグラハン大司教が包丁を
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ