正義なんて存在しない
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汚れてくたびれた白いシャツと、関節部分が摩擦で白っぽくなっている青いズボンと、所々に穴が空いている傷んだ皮靴を履いた彼は、何かを呟きながらボサボサの短い黒髪を左手で掻きむしっている。
地元民……ではない、かな? かと言って、観光客でもなさそう。
「どうかなさいましたか?」
ただならぬ気配が漂う青年に、タグラハン大司教は躊躇せず声を掛けた。
周りは緑葉が繁る木々に囲まれていて、近くに他の人影は無い。
目につきにくい場所ってほどでもないけど……
通行人の皆さんは、異様な風体の青年を避けていたのだろう。
日常生活ではなかなか見かけない雰囲気だし、怖がるのも無理はないか。
その点、私達は慣れているからねえ。ためらう理由は無い、けど、も。
「たん……異端、殺す……殺す殺す殺す殺す! 我ら以外はすべて邪教! 我らの神こそ、唯一にして絶対! 魂を害悪で満たす邪悪な愚か者共め! 消滅をもって罪を浄めるが良い!!」
うん。なんとなく予感していた通り。
青年が怒気と喜色を孕む顔を振り上げて。
無防備な友人の腹部を狙い、体当たりするように右腕を突き出した。
その手には、朝の陽光を弾く鋭い刃物。
包丁、かな?
気付いたタグラハン大司教が半歩下がり。
彼の手前で、私が青年の腕を右脇に抱え込んで止める。
「……!?」
「物騒だね。包丁は調理台の上でこそ真価を発揮する物。外で振り回しちゃいけないでしょう? 一応聞くけど、怪我は無い? タグラハン大司教」
「おかげさまで無傷だよ、コルダ大司教」
青年がありえないものを見る目で、私とタグラハン大司教を凝視する。
老人にちょっと避けられたくらいで、そこまで驚かなくても。
「なっ、なにすんだよクソジジイ! 離せ、汚らわしい!」
「口の利き方がなっていませんよ、青年」
逃れようと必死にもがく青年の顔を覗いて。
タグラハン大司教がにっこり微笑んだ。
青年の凶悪な目つきが、更にキツくなる。
「やかましい! 邪教徒に払う敬意なんざ持ってねぇわ! 今すぐ死ね! くたばれ、悪魔!」
やれやれ。本当に口汚い青年だ。
罵る言葉が格好いいとでも思っているのかな。
小物感丸出しで、こちらが恥ずかしくなるくらい、みっともないよ?
「痛っ」
私が左手で、青年の腕の関節を軽く打ち、包丁を叩き落とした。
それだけなのに、痛いって。
君、自分の痛みは訴えるのに、誰かへの殺傷行為には容赦ないんだねえ。
包丁なんか刺したら、痛いじゃ済まないよ?
解ってる?
解ってるよね。
『死ね』って叫ぶくらいだし。
「これは没収させていただきます」
タグラハン大司教が包丁を
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