10部分:第十章
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第十章
「だがこれで私の仕事は失敗した」
「そうかい」
「はじめてのことだ。長い間生きてきてこれははじめてだ」
「長い間ね」
「何千年も生きていてな。こんなことははじめてだ」
「おい、ちょっと待て」
今聞いた言葉は聞き捨てならなかった。
「今あんた何て言った?」
「何千年も生きてきたと」
声はやけにあっさりとこう言ってきた。
「それがどうかしたか」
「どうかしたかじゃねえよ」
俺は反論した。流石に結構戸惑っていた。
「何千年も生きているんだな」
「うむ」
「じゃああんた。一体何者なんだ?」
「常世のものではない」
それを聞いてやっぱりな、と思った。嫌な予感が的中した。もっとも嫌な予感こそが的中するものなんだが。
「冥府にて。人の魂を運ぶ者」
「じゃああんたは」
さっきよりずっと嫌な予感がした。まさか。
「人は私を死神という」
また予感が当たった。ものの見事に嫌な予感が的中した。それも続けて。俺はこの時予言者にでもなろうかと思った。いや、嫌な予感だけが当たるってのも大したものだと思う。そのままカサンドラで誰にも好まれないが。
「で、その死神が人間如きの依頼で一介の殺し屋を始末しに来たのかい」
「始末!?何のことだ!?」
だが死神はそれには懐疑的な言葉を口にした。今話をしていてはじめての懐疑的なニュアンスの言葉だった。
「だってよ。あんたコロシの依頼を受けたんだろ」
「私は冥府の王の命令に従っているだけだ」
それは多分ハーデスのことだろうと思った。それかキリスト教の悪魔の王の誰かだ。どっちにしろこっちの世界にいる連中とは比較にならない程おっかない王様達だ。
「俺はそうした殺し屋がいるって聞いてたんだけどな」
「何処かで話が混ざったのだろう。少なくとも私は人間からの依頼は受けない」
「そうかい」
「何はともあれ死神から逃れたことは賞賛に値する」
「そりゃどうも」
「少なくとも地獄に行くことはない」
「じゃあ天国かい?」
「殺し屋が天国に行けるという話は聞いたことがない」
「まあそうだろうね」
死神の言葉にやけに納得するものがあった。俺の方でも自分が天国に行けるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。
「煉獄にでも行くのだろうな」
話が急に神曲になってきた。読んだことはないが。
「そこで罪を償う。運のいい話だ」
「このままこの仕事をしたらどうなるんだい?」
「その時は碌なことにはならないだろうな」
「やっぱりね」
「私から逃れられたのだ。助かった命は大事に使え」
「そりゃどうも」
「ではな。私はこれで失礼する」
「ああ。それじゃあな」
「最後にもう一度言おう」
「何だい?」
「この仕事をしていると。結局は地獄だぞ」
その言葉で最後だった。
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