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手のなる方へ
10部分:第十章
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言葉と共に恭子を床にそっと寝かせてきた。そのうえで彼女の上に覆い被さる。
「貴女と私が。これで」
「これで・・・・・・」
「痛くはないわ」
 微笑みに含まれていた隠微さがさらに深くなる。それと共に春日の顔が恭子の顔に近付き。後は部屋の中に布が擦れ合う音と小さいが激しい息遣いがあるだけだった。
 この時村長と神主は神社の外の階段のところにいた。階段のところに二人並んで座って話をしていた。
「今年の巫女は恭子ちゃんじゃったとはのう」
「意外じゃな」
 村長は神主の言葉に応えていた。
「まさかあの娘だったとは」
「うむ。しかしですじゃ」
 ここで神主は言う。
「これでまた一年。村は」
「安泰じゃな」
「そういうことですじゃ。山の神様に仕える巫女」
 不意にこの言葉が出た。
「それを一人出して神様の御力を得る」
「村にとっては必要なことじゃ」
「そうですな。それにです」
「うむ」
「一年です」
 神主は言った。
「一年務めてもらうだけですから」
「その一年が終わればどうということはない」
 村長も静かに語る。しかし後ろを振り向くことは決してなかった。
「何もかも忘れて元の生活に戻られるのじゃ」
「そういうことですな。しかも本人も自分も覚えてはいない」
「善き哉善き哉」
「それでどうです?」
 神主は村長に顔を向けて尋ねてきた。
「これから」
「一杯か」
「ええ、そうです」
 右手で杯をあおる仕草をしてみせて彼に問うていた。
「村越さんからお誘いがありましてね。それで」
「そうじゃな。それでは」
「牡丹鍋だそうですよ」
 所謂猪鍋だ。豚に似た味なのは当然であるがその豚よりも匂いがしておりしかも肉も固い。癖のある食べ物だと言っていい。
「どうでしょう、それで」
「では呼ばれようか」
「はい、それでは」
 二人は笑顔で頷き合い立ち上がった。その後ろから春日が一人出て来る。開けられた神社の中は暗がりで何も見えはしない。しかしそこに山の方から現われた美しい、しかし明らかに異形の女が入って行くのが見えた。だが二人はそれを決してみようとはしなかった。まるでそれが決して見てはならないものであることを知っているかのように。振り向かず笑顔を作って二人並んでその場を後にするのであった。


手のなる方へ   完


                2008・9・2

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