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第一章
怯え
トーマス=メジャー氏は真面目な銀行員だ。家庭においてはよき夫であり優しい父である。浮気一つせず趣味は読書に紅茶を飲むことというだ。平均的なイギリスのホワイトカラーと言っていい人物だ。
しかし彼には妙な点が一つあった。まずはだ。
家の至る場所にだ。十字架をかけてあるのだ。それもあちこちにだ。
職場でも同じで胸にも下げている。しかも胸に下げているのは銀の十字架だ。
そしてだ。さらにだ。
大蒜をいつも食べていて家でも栽培している。家中大蒜臭くやはり職場でも自分の机には大蒜を鉢に入れてそれで育てているのだ。
その彼を見てだ。入社したての若い娘が言うのだった。
「あの、メジャーさんは」
「ああ、あの人ね」
「あの人のことね」
「どうしてあそこまで十字架に大蒜を?」
言うのはこのことだった。
「傍に置かれてるんですか?あれではまるで」
「ああ、わかったのね」
「そのことに」
「といいますと」
彼女はだ。先輩達の言葉に応えて話した。
「あれですか?吸血鬼ですか?」
「そうなのよ。吸血鬼が実在すると思っていてね」
「それでああしていつも十字架や大蒜を身に着けたり置いていたりするのよ」
「それにね」
しかもだというのだ。先輩達はだ。
「聖水も持ってるから」
「それをいつも自分の身体にかけてるでしょ」
「というと」
それを聞いてだ。彼女はすぐにわかった。今見ればだ。メジャーは香水の様に己の服や首のところに霧吹きの様にかけている。それを見てだ。
「あれですか」
「そう、あれよ」
「ああして聖水も身体にかけてるの」
「わざわざ教会から頂いてね」
「そうしているのよ」
「本当に吸血鬼を恐れてるんですね」
彼女にもそのことがよくわかった。
「心から」
「ちょっと異常でしょ」
「おかしいでしょ」
先輩達は彼女に口々に話す。
「吸血鬼が実在するかどうかはともかくとしてね」
「普通はしないわね」
「何しろね」
十字架や大蒜、聖水だけではないというのだ。
「銀の弾丸と拳銃も持っていてね」
「クイと木鎚まで持ってるから」
「もうヘルシング教授みたいでしょ」
「そこまで凄いのよ」
「何故そこまで吸血鬼を怖がってるんでしょう」
最早吸血鬼が実在しているかどうかという問題ではなかった。仮に実在していても何故そこまで恐れているのか、彼女にはわかりかねることだった。
それを彼女が言うとだ。先輩達は話すのだった。
「どうもね。子供の頃にドラキュラ伯爵の映画を観てね」
「そこからブラム=ストーカーの小説も読んで」
よくある話ではある。吸血鬼の話を知るうえで。
「それでなのよ」
「そこからずっとああらし
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