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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第十六話 内地にて
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皇紀五百六十八年三月十五日 皇都内某邸宅 

 皇都、猿楽街から四辻離れた裏通り些か古びた家、その二階から窓越しに咲き始めの桜を眺め男が呟く。
「もうすぐかな。」
駒城保胤、駒城の若殿であり駒州鎮台の司令官を任ぜられた〈皇国〉陸軍中将でもある。
「桜の方は天象院を信じるなら一月後と行った所ですね。昨年は外したから怪しいモノですが」
 馬堂豊守准将が微笑して云った、豊守も駒城家重臣団の多くと同じく彼の人柄を好んでいた。
「今年は汚名返上せねばならんと連中も気合が入っている。
皇族御一同から衆民まで皆が楽しみにしている桜宴をふいにしたんだ、外しはせんさ」
弓月由房内務勅任参事官がむっつりと茶を啜りながら云う。彼としても外局である天象院の威信だけではなく、純粋に宴を楽しみにしている。

 障子が開き、軍服を着た男が入室した。
「桜は六弁、散りゆく際に、と歌われるくらいだからな。最近は家のやつも機嫌が悪いから俺としても外されたら困る。数少ない娯楽である桜宴まで外されたら、とばっちりでまた皿が割れる」
陸軍軍監本部戦務課の長である窪岡淳和少将だ。
「失礼いたします」
それに付き従い、同じく戦務課参謀の大辺秀高少佐が入室する。
「おや、大辺も来たのか」
豊守に応えて大辺が丁重に礼をする。
大辺は、窪岡と同じく父を戦地で喪っている。大辺の父親は駒州の地主産まれであり、輜重将校であった。彼が東州の混乱の中で、匪賊とも反乱軍とも区別のつかぬ連中によって命を落し、父親の上官であった馬堂豊守が後見役についていた。
現在は将校達の最高学府である兵理帷幕院を優秀な成績で卒業し、駒城派の秀才軍官僚として窪岡の下についている。
「子供の頃は楽しみだったな。何時も怖い顔をしていた父があの時だけは優しかった。
片っ端から豪勢に物を買ってくれたものだ。嬉しかったよ、盆も正月も家に居ない事が多かったからな――父が何処かで戦死したのも、盆だった」
過去の情景を見ているのか、窪岡は桜をぼんやりと眺めている。

「今の貴様を見れば、親爺殿も喜んでおられるさ。
ろくな後ろ楯もなくその年で陸軍少将なのだから」
保胤が柔らかく微笑した。
 窪岡少将は諸将家の準男爵と普通なら四十半で少将の地位に就くのは困難な家柄だった。
「そうだといいがね。幼年学校で駒城の世継と親しくなったお陰です、なんて実力に入れるのか?」

「実力だよ。間違いなく。」
保胤が人の善性で造られた様な顔で微笑む、三十路半ばにも見える若々しさだが窪岡少将と幼年学校で机を並べた仲である。保胤は人柄が良くとも有能ならざる人物を引き上げる人物ではない。その場しのぎの善意の齎すものを知悉しているからだ。
保胤の衒いのない言葉に窪岡は決まり悪そうに頭を掻きながらわざとらしく話題を転じた
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