月下に咲く薔薇 12.
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は瞬時に枝分かれを繰り返し、大小様々な漂流物を縫いながら空中を進む。まるで針のない糸が、自分から破片を探しては次々と縫いにゆく。そんな不思議な光景だ。
その糸はクロウとは異なり、破片を物体として捕らえる事ができるらしい。
黙して眺めているうちに、縦横無尽な線を描く白い糸はクロウのいる場所を檻のように仕立てあげてしまった。
「どうせ、こいつにも触れやしないんだろ」と手を伸ばすと、やはり右手は糸の向こうまで突き抜けた。
しかし、痛みは伴った。右の中指で、指先から指の付け根へと激しい刺痛が走る。
「くっ!」
反射的に顔が歪んだ。
大きな棘でも刺さったのかと指先を眺めるが、刺したものどころか刺された痕すら残っていなかった。白い糸は、見た通りの代物ではないのだろうか。
試しに靴で押し出そうとして、やめる。貫通してしまうのなら、良い結果は期待できそうにない。
クロウは、段々と心細くなってきた。医師の処置が進んでいるとの実感はなく、これが自身の心象風景だと思いたくもなかった。いい加減に出たいが策はなく、戦士として培ってきたものが一つとして今の自分を助けてはくれないのだ。
「どうすりゃいいんだ…」
周囲を見回し嘆息をつくと、矢庭に足下が赤く輝く。その色は光沢を含んだ鮮やかさを持ち、瞬時にクロウの神経を緊張の領域へと導いた。
見覚えのある赤だ。しかも、やたら嫌な記憶に結びつこうとする。
但し、記憶自体を掘り起こす事はできなかった。真下から巨大な手が出現し、クロウを拳の中に捕らえると握り潰しにかかったのだ。
息ができない。その掌の正体もわからぬ状態で、クロウの意識は白濁し粘りけのある沼に引きずり込まれた。
暗く上下の感覚は乏しい。
ただ。沼の中には音があった。
音。それとも声、なのだろうか。
誰かが、しきりとクロウの名を呼んでいる。
「わかった。今、そっちに行ってやるから」
精一杯の力で、そんな事を喚いて返した気がする。
あの赤は何の色だったろう。知っているとの認識はあっても、思い出す事まではできず。
「目を覚ませ!」と叫ぶ誰かの声の後に訪れた左頬の痛み。それが決定打となって、クロウは億劫そうに瞼を開く。
「クロウ!!」
視界の大半を占めていたのは、逆光に薄黒く染まるロックオンの顔だった。
− 13.に続く −
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