胡蝶の夢
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鬼は生き血が流れた鬼だがな」
言葉とは裏腹に毛利の表情が和らいだ。
あの野蛮でがさつな男のどこにこんな繊細な感性が潜んでいるのだろう。
澄んだ笛の音は毛利の普段熱することの余りない冷えた心も揺さぶり、憐憫を掻き立てた。
無視しても良かったのだが。
居ても立っても居られず、羽織る物を引っかけて、履き物を履き、庭へと出てしまった。
辺りは暗く、視界は悪いが、煌々とした月が毛利の行き先を照らしている。
敷石の上に落ちる花びらを踏みしめながら、海沿いまでの道を歩いて行った。
春とは言え、夜はやはり気温が低く、肌寒い。
薄い寝衣の上に一枚絹の着物を肩に羽織っただけの身に寒さが浸透してくる。
幾度か風に羽織り物を飛ばされそうになりながら、目的の浜へと辿り着いた。
毛利の予測通り、笛の音は浜から流れてきていた。
砂浜に打ち捨てられた朽ちた小舟の上、腰掛ける見慣れた背中が目に入る。
「──長曾我部」
声の届かない距離を保ってしばしその場で佇み、夜空に浮かぶ月と笛の音、そして海に向かって笛を吹く男の背中を眺めて過ごした。
チリチリとした焦燥感。
得体の知れない憎悪入り混じる複雑な感情。
鼻の奥が熱くなり、息苦しくなった毛利は密かに吐息を漏らした。
「長曾我部」
今度は聞こえるように声を掛ける。
途端に笛の音が止み、暗がりの中、彼が振り返る気配がした。
「よう、毛利」
毛利の存在に気付いた長曾我部は砂浜を横切り、此方へと近付いて来る。
風が強く吹いていた。
長曾我部が腰に巻いた絹の布地が風に躍って翻り、毛利が肩に羽織る着物も飛ばされそうになる。
顔にかかる煩い髪をかきあげ、耳に掛ける毛利の仕草を見て、何を思ったのか長曾我部が大きな口元を綻ばせた。
「その躯の線とか堪らんな。今すぐにでも脱がせたい」
下卑た笑みを浮かべる長曾我部に軽蔑の眼差しを送り、わざと素っ気なく、色気のない会話を投げ掛ける。
「何故、居る」
「そりゃあんたに会いに来たに決まってる」
「停戦の合意の条件は貴様がこの安芸の地に足を踏み入れぬことと決めた筈。忘れたか、長曾我部よ」
閨で交わる時間以外はいつも毛利の態度は素っ気ない。
分かってはいるが、偶には甘えてしなだれかかる毛利を見てみたい。
長曾我部がそう願うことは別に罪でもないだろう。
思うだけで口にするほど愚かではない。
「今夜の俺は長曾我部元親って名前を一時的に捨てたのさ。酒に酔ってふらりとここを訪れたただの笛吹きだ」
「戯言を」
「酔っ払いだと言ってるだろ。真顔で返すのは野暮ってもんだ」
風がまた毛利の羽織った着物をはためかす。
でも今回は自分で押さえる前に長曾
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