5部分:第五章
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める。
「女房だけはな」
「そうだよな」
「俺もおっかあは怖いな」
見れば皆そうであった。女房が怖いという人間は昔も今も極めて多いのである。あの漢の高祖劉邦もまた恐妻家であった。もっとも彼の場合はかなりの酒好きの女好きという人物であるからそれだけ妻に後ろめたいところがあったのだが。ここに恐妻家の秘密がある。自分が好き勝手しているから女房に頭が上がらないのである。
「誰だってそうだよ」
仲間のうちの一人が言った。
「あれ以上怖いものはねえ」
「そうか」
「そうさ。なあ熊さん」
「何だ?」
何か面白そうに笑う仲間の一人に顔を向けた。そして声に応えた。
「どうだい、怖いものがあったじゃねえか」
「おっ」
それを言われてやっと気付いた。
「ああ、そうか」
「そうだよ。怖いものがあったな」
「ああ、そうだな」
「何だ、熊さんにも怖いものがあるじゃねえか」
他の仲間達もそれを言われてやっと気付いた。
「そうだよ、かみさんが怖いものだったんだ」
「成程、そういうことか」
「本当だな」
熊は自分でもそれを認めた。そして納得したように頷いた。
「俺にも怖いことがあった」
「全くだ」
「じゃあさ。結局」
「ああ」
熊は仲間達に応えて言う。
「怖いものがない奴なんていないな」
「そういうことだな」
あれだけやられた次の日だというのに気分がやけに清々しかった。そんな不思議な朝のことであった。熊はあちこち傷がある顔で大きな口を開けて笑っていた。まるで憑き物が落ちたかのように朗らかに。
怖いもの 完
2006・12・1
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