3部分:第三章
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第三章
「まだ手はある」
「どうされるのですか?」
「わしがおる」
弥三郎はこう述べた。
「わしが櫂を手にしてそなたを川上まで送ってやろう」
「宜しいのですか?」
「こうしたことには慣れておるからな」
織田信長の領地である尾張や美濃は川が多い。船での行き来が盛んである。その為弥三郎も船を動かすことができるのである。実際に信長は美濃を攻略する際には船をよく使っている。
「だから任せよ」
「ではお願いします」
「行くか」
「はい。灯りですが」
「何かあるのか?」
「はい」
女はこくりと頷いてきた。
「ございます」
「わしも火打ち石なら持っているがな」
弥三郎もそう言ってきた。女に対して全面的に協力するつもりであったのだ。
「いえ。それも必要ありません」
「必要ないと」
だがこう言われると何か妙な感じを抱かずにはいられなかった。
「というと」
「私は幽霊ですので」
女は目の前に火の玉を出してきた。青白い火の玉が彼女の前にゆらゆらと現われてきた。
「ほう」
弥三郎はそれを見て声をあげた。
「それか」
「左様です。これでどうでしょうか」
「これはよい灯りじゃ」
感心することしきりであった。これは流石に思いも寄らなかったが充分過ぎる程であった。
「それではそれでな」
「はい。これで宜しいでしょう」
「うむ。それではな」
「はい」
彼等は舟に乗り川上の村に行くことにした。その際弥三郎はふと思い出すことがあった。
「おっと」
「どうなさいました?」
「いや、大切なことを忘れるところであった」
彼はにこりと笑って女にそう述べた。
「大切なこととは」
「金じゃ」
「金!?」
「舟を借りるのじゃからな」
そのうえでまた言ってきた。
「ちゃんとその分は払ってはおかねば」
「そうでしたか」
「ここで金を払わないとあってはな」
彼は女に対して言う。
「後で殿に打ち首じゃ」
「そうなのですか」
「我が殿は実に厳しいお方」
これは本当のことであった。織田信長という男は家臣に対しても実に厳格な男であり些細なことも見逃さない。その為家臣達も極めて慎重になっていた。行軍の際女の顔を覗いて首を刎ねられた者もいるし織田の一銭斬りとまで恐れられた。これは信長自身が手討ちにすることも多かった。女の顔を覗き込んだ者は実際に信長自身によりその場で首を刎ねられているのである。
「そうしたことは気をつけねばな」
「それではその様に」
「うむ」
弥三郎は頷いた。そしてまだ気絶している渡し守りの側に幾らかの銭を置いたのであった。
「随分多いですね」
「わしの気持ちもある」
女に対して言った。
「こういうことも忘れるなと。殿にも言われておるのじゃ」
「はあ」
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