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第一章
幽霊と弥三郎
戦国時代の話である。織田信長の家臣に端井弥三郎という男がいた。
眉目秀麗の美男子であり文武二道を嗜む男であった。彼はその才を信長にも愛され側に仕えていた。
さて信長にはよく知られた趣味があった。彼は男色を愛しており色々とその道の相手を持っていた。その彼に仕える弥三郎も例外ではなくある美しい若者と付き合っていた。
「御主も捨ててはおけぬのう」
信長はその話を聞いて笑って彼にそう述べた。自分も嗜んでおりそれに関してとやかく言うことはなかったのである。
弥三郎はその言葉に悠然と笑う。肯定の笑みであった。
「だがよい」
信長がそれを咎める筈もなかった。彼も嗜んでいるからだ。
「節度を守ればな」
こうして彼の男色を笑って認めていた。彼は若者の家を夜な夜な通っていた。
この日もそうであった。夜詰の後で若者のところに向かっていた。彼は真夜中の山の中を一人進んでいた。雨が降る中を蓑と雨傘を身に着けての夜道であった。
雨はそれ程激しくはない。だが暗い夜道での雨である。それはどうしても嫌なものに感じてしまう。だが彼は若者に会う為にそれを我慢して進んでいたのである。
暫く進むと川が見えてきた。いつも渡っている川である。そこを渡れば若者の家もすぐである。彼はその川を見て安心したように微笑んだ。
「もうすぐだな」
そう呟いて川の岸辺にやって来た。そして船を捜す。
船が一艘あった。だが残念なことに人がいない。渡し守りは雨の為に休んでいるのかと思った。
「さて、どうするべきか」
彼はそれを見て少し弱った。だがこの渡し守りは顔見知りでその家も何処にあるのか知っている。そこまで言って話をしようかと思っていた。
暫し考えてそうすることにした。それで家に向かおうとしたところで川上にあるものを見た。
それは火であった。夜だからかなり目立つ。だが雨の中で火とは実に妙なことだと思い見ているとそれは徐々に近付いてきた。
「何じゃあれは」
よく見るとそれは女であった。死に装束で髪をざんばらにしていた。それだけでも充分恐ろしいというのにこの女は何と身体を逆さまにして川の上を飛んでいた。そして火は口から噴いているものであった。何とも恐ろしい姿であった。
「化け物か」
弥三郎はそれを見てすぐに刀を抜いた。そうとしか思えずそうならばすぐに成敗するつもりだったのだ。
だがここで女は言った。実に苦しげな声で。
「お待ち下さい」
「待てと申すか」
「はい」
女は弥三郎の目の前までやって来て述べた。身体は相変わらず逆さまで宙に浮かんでいる。
「私はこの川の向かいの村の者でした」
「そうだったのか」
弥三郎はその話を聞いた。だが警戒は緩めてはいない。
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