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パンデミック
第七十二話「鬼」
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傷だらけでしゃがみ込んだクレアは、目の前の光景をただ呆然と見ていることしか出来なかった。



突然自分と適合者の前に現れたブランク。
様子がおかしいのは見た瞬間から明白だったが、ここまでとは思わなかった。


今まで見たことがない歪んだ笑い方。
異常なまでに高くなった反射神経。
硬化したコープスを纏った右腕と左脚。


訳が分からなかった。



一体ブランクに何があったのか。










「喰ウ………守る…………敵、喰イ殺し…仲間……守っテ、殺し……」


ついさっき投げた瓦礫の土煙の中から、ボソボソと独り言が聞こえる。


「………ブランク?」

クレアが土煙の中のブランクに声をかける。
まともに返事が出来る状態とは思えなかったが、どうしても心配になって声をかけた。

「…………」

返事は聞こえない。
やはりまともな会話が出来ない状態なのか。





「………ク…レ、ア………?」

返事が返ってきた。
しかも、クレアの名前を呼んだ。

「ッ!? ブランク!?」

ボロボロな身体を無理矢理起こし、霞んだ目でブランクを探す。


「そ、ウだ………クレア、を助けルんダ……守らないと…………」


土煙は次第に薄れ、ブランクの姿が段々と見えるようになってきた。

コープスに侵食されていない左手で、苦しそうに頭を抱えながらも、眼だけは鋭いままだ。
右腕と左脚を侵食していたコープスが、先程よりもブランクの身体に広がっていた。
右腕は付け根を超えて右胸まで侵食されている。
左脚も、左脇腹にまで侵食が進んでいる。

このままいけば、体積のほとんどが。
いや、身体の全てがコープスに飲まれるだろう。

しかし、ブランクはそれに必死に抗っている。
残された自我と人間性を手放すまいと、必死に"何か"に抵抗している。

そんなブランクの姿を見て、クレアは直感的に悟った。


"アレ"にブランクを全て飲み込まれたら、"ヒト"としてのブランクが消えてしまう、と。
















「様子を見に来てみれば……無事か? ヴァルゴ」


突然聞こえた第三者の声。
声が聞こえた方に視線を向けると、黒いコートに白髪の男が、ヴァルゴのすぐそばに立っていた。

「(いつの間に!?)」

ブランクが瓦礫を投げた直後も、ヴァルゴから目を離さなかった。
にもかかわらず、ヴァルゴのすぐ近くに、確実にいなかったはずの男がいる。

「……まさか、別の適合者?」

クレアが引きつった顔で静かに呟く。




「………助けに来るのが遅いわよ、アクエリアス」


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