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第三章

「それだけだったのよ」
 大人になった妙子は今も自分の生まれ育った家にいる。そうしてそこで僕達に対して自分の幼い頃のことを話していたのだ。
「それだけ。何もなくてね」
「ただ向こうが怖かったんだね」
「そうだったのよ」
 にこりと笑って僕達に話してくれる。彼女の家は古い和風の家であるから部屋は殆ど襖で仕切られている。それがちょっとした迷路にも思えた。合わせ鏡の迷路にである。
「それだけだったのよね。私が勝手に怖がっていただけ」
「けれど。それってわかるよ」
 仲間のうちの一人が彼女に応えて言ってきた。襖を一つずつ開けて部屋を進みながら。部屋と部屋が見事につながっている。襖で仕切られただけで。
「ドアとかでもその向こうに誰かいるかって思うとね」
「怖いよね」
 他の仲間もそれに頷く。
「特に子供の頃はね」
「私にとってはそれが襖だったのよね」
 妙子もそれに応えて言う。
「この白い襖の向こうに誰がいるかって思って」
「お家の人の他に誰もいないってわかっていてもだよね」
「だから余計に怖いのよ」
 この気持ちは僕もわかるものだった。誰にもそんな恐怖を感じることがあるからだ。
「その筈なのにってね」
「そうだよね」
「それで誰がいるのかって」
 そうした不安も抱く。妄想なのだがそれが止まらなくなるのだ。
「どうしても怖くなってだったのよ」
「けれどいざ襖を開けてみると」
「これがね」
 ここで彼女は襖の一つに手をやる。そうしてそれを引いて開ける。
「何もないわよね」
「そうだよね。そして誰もいない」
「それでも怖くてね。どうしても」
 笑って僕達に話しながら襖の先の部屋に入る。やはりそこにも誰もいない。
「動けなくなるんだよね」
「子供の頃って不思議よね」
 彼女はまた笑って僕達に対して言ってきた。
「そうして何でもないのに怖くなってそれが急に消えて」
「子供の頃はね。誰だってそうだよ」
 今度は僕が彼女に答えた。自分の子供だった頃も思い出しながら。どうしても見えていないものが怖くて仕方なかった頃を。
「それでもそれがある日急に消えていて」
「忘れてしまうのよね」
「そういうものだよ」 
 僕は彼女に言った。
「子供っていうのはね」
「そういうものなのね」
「だと思うよ。それでそれをある日また急に思い出したりね」
「そうなのよね。本当に訳がわからなくて」
「思い出したらあれだよ」
 また仲間の一人が笑いながら彼女に声をかけてきた。楽しそうな笑みだった。
「また襖の向こうに何かいるかもって怖くなるかもね」
「まさか」
 彼女はそれを笑って否定するのだった。
「それはないわ」
「本当に?」
「じゃあやってみせるわよ」
 また次の襖の前まで来た。そし
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