第五章
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「こんな疲れた日はなかったぞ」
「大変だったわね」
「歩く度に蹄の音がしたんだぞ」
「馬の足のね」
「靴を履いててもな」
「靴は大丈夫だったの?」
「かなり傷んでいた」
玄関で靴を脱ぐ時に見ればだ、そうなっていたのだ。
「もうな」
「履けないのね」
「もう捨てるしかない」
その靴はというのだ。
「気に入っていたのにな」
「残念なことね」
「いや、靴のことよりもな」
そんなこともという感じだった、今の彼にとっては。何しろだ。
「足がな」
「馬のそれだから」
「若しこんなことがばれたらだよ」
うんざりとした顔でだ、真司はスーツを脱ぎつつだった。
そうしてだ、こう言ったのである。靴下を脱いでついでにその上から固定している人の足の形にしたプラスチックや木から開放されつつ。
「本当にな」
「見世物よね」
「そんなものになってたまるか」
それこそというのだ。
「絶対に嫌だ」
「誰だってそうよね」
「全くな」
トランクスとシャツからだ、普段着に着替えつつさらに言う。
「何で朝起きたらこうなったのか」
「呪いとか?」
百合は怪訝な顔で家で着る上下のジャージに着替えた夫にこう言った。
「それ?」
「馬の呪いか」
「違うかしら」
「馬刺しは好きだがな」
居酒屋での肴でもよく食べる、真司もそれは言う。
しかしだ、それでもというのだ。
「けれどそんなこと言ったらな」
「誰でもよね」
「馬の呪いでな」
「馬の足になるわよね」
「そうだよ、馬以外にもな」
「牛でも豚でもね」
「鶏でもな」
他の動物でもというのだ。
「なるだろ」
「それもそうね」
「全く、パカパカと音が鳴ってな」
外の時のことをだ、真司は忌々しげにまた言った。
「嫌なことだった」
「明日もかしら」
「やれやれだな、もううんざりだよ」
この一日でというのだ。
「足を切って義足にでもしたいよ」
「馬の足でいるよりは」
「芥川のあの主人公の気持ちがわかったよ」
生き返ったのはいいが足を馬のものにされてそうなった彼の様ににだ。
「読んだ時は芥川は頭がおかしいって思ったがな」
「実際におかしかったみたいだしね」
「それでもだよ、もうな」
それこそとだ、また言う彼だった。
「あの主人公の気持ちがわかったさ」
「それもよく」
「親父、風呂入るよな」
ぶつくさとあからさまに嫌な顔で言う彼のところにだ、真一郎が来て問うて来た。身体から湯気を出してさっぱりとした感じだ。
「今日は」
「そうだよな」
「風呂に入ってすっきりしてな」
そしてというのだ。
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