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夫を救った妻の話
夫を救った妻の話
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               夫を救った妻の話
 中国明代の話である。北にある太原という街に壬生という男がいた。
 この者は商いをして暮らしていた。武具を売る仕事である。太原は北にあり異民族との戦いにおいては後方基地としての役割を担っていたのでこの仕事は繁盛した。彼はこの街では知られた男となった。
 いい歳になったので妻を迎えた。陳という若く美しい女であった。
 この女は美しいだけではなかった。賢くよく気がついた。
 そうした女を妻とし商売も繁盛していたので彼は何不自由なく幸せな暮らしをしていた。この日も夜更けまで楽しく飲んでいた。
「ではこれで」
 彼は友人達と別れて帰路についた。気前のいい彼は友人達からの評判もよかった。
「また飲みましょうぞ」
 友人達は彼に言葉を送った。彼等もまた実に楽しく飲んでいたのである。
「はい、また」
 彼は赤い顔で別れた。そしてふらつく足取りで家に向かった。
 道は暗い。左右の店はその中で静かに連なっている。人の気配もなく静まり返っていた。
「寂しいのう」
 彼はこうした風景が好きではなかった。繁盛している店の主であり宴が好きな彼はそれよりも明るく賑やかな場所が好きなのであった。
 だが無理を思っても仕方がない。今騒いだら見回りの役人の怒られるだろう。そうなればいい恥晒しである。
 彼はそのまま一人歩いていた。個人的な付き合いなので共の者は連れてはいない。
 あと少し歩くと家が見えてくるというところまで来た。ふとそこで何やら苦しげな声が聞こえてきた。
「はて」
 不審に思い辺りを見回す。すると道の端に蹲る一人の女性がいた。
 服はあまり派手ではない。むしろ貧しい服を着ている。向こうを向いているので顔も全く見えない。髪は闇の中であるが黒いことだけは何とかわかった。
「もし」
 壬はその女の声をかけた。
「如何なされたのですか」
 彼女を気遣う言葉をかける。すると女はこちらに顔を向けて来た。
「はい」
 見ればかなり美しい女である。歳の程は十八であろうか。切れ長の黒い瞳に紅い唇が闇の中にも映える。その顔立ちは闇の中でも整っていることがわかる。
「実は胸が苦しくて」
「胸が」
 壬はそれを聞き只事ではないと思った。
「労亥か何かですか」
 まずはそれが脳裏によぎった。
「いえ」
 だが女はそれを否定した。
「ただ身体が苦しくて。何が理由かはわかりませんが」
「ふむ」
 壬はそれを聞き再び考え込んだ。顔を見るとどうやら酔っているというわけでもない。
 どうも彼にはわからない。だがここはつてを頼ることにした。
「わかりました」
 彼は拳で胸を叩いて言った。
「ここは私にお任せ下
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