夫を救った妻の話
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に来たばかりでして」
「そうですか」
一応は納得した。だがもう一つ気になることがあった。
「どちらからですか」
出身は聞いておきたかった。それで気性等もわかるからである。
「ええと」
女は口篭もった。何となく様子がおかしいように感じたがそれは言わなかった。
「ここから少し北に行った村です」
「そうですか」
出稼ぎだろうか。しかしそれなら一軒家には住まないだろう。では夜逃げか。そうすると物騒な話になるのだが。
だがとても悪事を働く顔には見えない。それでは他に何か理由があるのだろうか。
「もし」
北というのが気にかかる。彼はこの女に再び問うた。
「北虜から逃れてきたのでしょうか」
明代も歴代の中国の国家の例に漏れず北の騎馬民族には悩まされていた。元々モンゴル民族の王朝である元を長城の向こうに追いやって建国された王朝である。明が出来てからも元は相変わらず長城の向こうに勢力を持っていた。
それからもツングース等の勢力が長城の向こうで窺っていた。南に襲来する倭寇と共に明の頭痛の種であった。
この太原がその後方基地なのだからそれはよくわかる。壬自身がそれで生きている人間だからだ。
長城もこの時代に大幅に修復された。そして彼等への警戒を怠ってはいなかった。
壬はそこに思い至ったのである。
「いえ」
だがそれでもないらしい。
「そこまで北にはありませんので」
「そうですか」
では何故だろうか、さらに気になった。だが女はそれを打ち消す様に言った。
「よろしければこれからも度々こちらに来て頂けるでしょうか」
「どういう意味ですか」
「この度は苦しいところを救って頂き感謝しております。その御礼をしたいのですが」
「御礼ですか」
だが見たところこの家には財はない。では何だろうか。
「あの」
女は頬を赤らめさせた。
「お情を頂きたいのですが」
どうやら囲って欲しいようである。
「この通り身寄りもなく今は食にも事欠く有様。このままでは」
彼の妾になりたいらしい。
「貴方のような方でしたら」
「よろしいのですか」
美しい女である。こちらに異存はない。
「はい」
女はこくり、と頷いた。これで決まりであった。
こうして女は壬の妾となった。彼女は家と使用人を与えられそこに住んだ。壬は妻にはそのことを話した。
「よろしいのではないでしょうか」
この時代では当然のことである。金や力を持っているならば妾も持つ。それは当然のことであった。
妻である陳もそれはわかっていた。それを承知で嫁入りもしていた。
こうして彼はその若い女のもとへも通うようになった。くして月日が流れた。
商売
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