夫を救った妻の話
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ですかな。ご主人の為に命を捨てる覚悟はおありですかな」
陳はそれを聞いて一瞬言葉を詰まらせた。だがすぐに答えた。
「はい」
陳は毅然とした声で言った。
「主人が助かるのでしたら。私は喜んでこの命をかけましょう」
「わかりました」
道士はそれを聞いてほんの一瞬であるが口の端を綻ばせた。
「ではお飲み下さい」
そう言ってその丸薬を手渡した。
陳はその薬を見た。外見は別に他の薬と変わりない。ごくありふれた丸薬のようである。
だがそれは劇薬であるらしい。それも命を落とす程の。
夫の命か、自分の命か。普通ならば迷うところであろう。だが彼女は迷わなかった。
夫の命が救われるのならば、躊躇する理由はなかった。彼女はそれを口に入れた。
そして飲み込む。喉をその丸いものが伝わり落ちていくのが感じられる。
おそらく胃に達したであろうか。暫くすると胃の中から不思議な感触が起こった。
「これは」
何かが胃の中で蠢いている。それは胃のあちこちを突いていた。
これがその苦痛かと思った。覚悟はできている。
だが違った。それは胃を上がり食道を登っていく。まるで這い上がるように。
それは生き物のようであった。丁度猿が木を登るような、そんな感じであった。
そして口の中に出た。舌の上を四本の脚で這うと唇の上下に手を当てた。そしてその口をこじ開けた。
そこから飛び出た。見るとそれは小さい人の形をしたものであった。
その人の形をした小さいものは壬の亡骸の上に落ちた。そしてその口まで行くとそれを開けて中に入っていった。
「これは」
一部始終を見ていた陳はその光景を見て不思議そうに言った。
「霊魂です」
道士はそれに答えた。
「霊魂」
「はい。あの丸薬は霊魂を生み出すものだったのです。ご主人はもう暫くしたら起き上がられることでしょう」
「そうだったのですか」
陳はそれを聞いて頷いた。
「激しい苦痛を伴うと言ったのは嘘でした。貴女を試す為でした」
彼は真相を話した。
「それ程心からご主人のことを思っていないと到底できないことなので。申し訳ないことをしました」
「いえ」
陳は頭を下げる道士に顔を上げてもらった。そして言った。
「謝られるには及びません」
「しかし」
「確かにそう思われても仕方ありませんから。人の命を救うにはそこまでの覚悟がなければ到底できないことは私にもわかっているつもりです」
彼女は微笑んでそう言った。
「私は何としても夫を救いたかった。それが妻の勤めですしそれに」
「それに!?」
「夫を誰よりも愛しておりますから。愛している人の為ならば」
それは強い声であった。愛する者
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