アインクラッド 後編
圏内事件 4
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め、相手の一挙一投足が幾つもの計算式に分解されてシナプスの間を駆け巡る。
しかし、マサキ、そしてキリトが戦闘を覚悟したのも束の間、引き抜かれた黒ローブの手に握られていたのは、ヨルコに突き刺さったスローイングダガーでも、カインズを貫いたショートスピアでもなく。見慣れたサファイアブルーの輝きを放つ転移結晶だった。
「ッ……!」
マサキはありったけの力を足に込め、これまでよりも遥かに大きな角度で飛び上がった。間に残った建物を一気に越え、逃亡を阻止する算段だ。マサキの意図を瞬時に理解したらしいキリトが、黒ローブの向こう側で投擲用のピックを抜く。咄嗟の回避行動を取らせて詠唱を邪魔するつもりか。マサキは風になびくローブを視界の中心に縫いつけて、右手一本で持った蒼風を軽く胴に引きつける。
だが相手は冷静だった。真正面から飛来するピックなど目に入っていないかのように転移結晶を掲げ、直後、キリトの放った三本のピックはローブに達する寸前で紫色の障壁に阻まれて力なく落下する。
憎たらしいまでの落ち着きにマサキは短く舌を打ちつつ、風刀スキル《嶺渡》を発動させた。空中を踏みしめ、黒ローブに向かって更に加速。
ソードスキルのアシストを使うことで移動速度を更に速め、詠唱前の確保が叶わなかったとしても相手の音声を聞き取ることで逃亡先を割り出せれば、すぐにでも追いかけられる。
それに、あのローブ姿では嫌でも人目に付く。逃亡先で聞き込みをすれば多少の情報は得られるだろう――そんな公算を頭の中に巡らせながら、ありったけの集中力をその直後に発せられるであろう音声コマンドを聞き取るためにのみに費やそうとした。
しかし――次の瞬間マサキの耳――正確には聴覚野に届いたサウンドは、求めていた黒ローブの声ではなく、街全体に響き渡った大音量の鐘の音だった。この瞬間、無情にもアインクラッド中の時計が午後五時を指し示したのだ。マサキが聞き取るはずだった音声コマンドは鐘の放ったサウンドに掻き消され、僅か数メートル先に迫った漆黒のローブは悠々と逃亡を完遂した。
「クソッ……!」
ギリ、と奥歯を鳴らすマサキ。着地と同時、意図的にソードスキルをキャンセル。蒼風がまとっていた水色のエフェクトが霧散し、マサキの身体もその代償として硬直する。身動きの取れないマサキにできたのは、ほんの少し遅れて到着したキリトと共に、数秒前までローブが立っていた座標を横目で眺めていることだけだった。
宿屋の一室。眼下に、ひっそりと掲げられた酒場の看板が見える。
黒ローブを取り逃した後、マサキたちはシュミットから聞きだした情報を頼りに、鍛冶屋グリムロックが気に入っていたという酒場で張り込んでいた。今や唯一となってしまった手がかり、すなわちグリムロック本人への接触を試みるためであ
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