アインクラッド 後編
圏内事件 4
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風が、吹いている。
開け放たれた窓に吹き込む風に、夕日を浴びてオレンジ色に染まったレースカーテンと、濃紺色の女性の髪が巻き上げられる。
宙に浮いた毛先に残照が入り混じり、紅紫のグラデーションを描く。
音はない。
ともすれば時が進んでいるのかさえ解らなくなりそうな景色の中で、女性が口を動かす仕草だけが、不可逆的な時の流れを証明していた。彼女の口が横に開き、世界に音が戻る。
その寸前になって――
とん、と。乾いた音が、仮想の空気を震わせた。その瞬間、それまでが嘘のように女性の身体がわなないた。
目を見開き、開いたままの口が震える。腰掛けた窓枠の上で転がるように振り返る。そして向けられた背中に、スローイングダガーの柄が突き立てられているのをマサキは見た。女性の身体が窓の外にぐらりと倒れる。
「な……」
「あっ……!」
喘ぐ以外の反応を見出せないその場の誰が駆けつけるよりも早く、女性の全身が窓の向こうに投げ出され――
そうして、ヨルコの仮想体はガラスのように砕かれて、跡形もなく消え去った。
この時マサキたちがいたのは、ヨルコが宿泊する宿の部屋だった。事件解決の手がかりを求めてギルド《聖竜連合》のシュミットに話を聞きに行ったところ、交換条件として彼女との面談を要求してきたからだ。
恐怖ゆえか、互いにできるだけの重装備で身を包み、防御力をブーストしての異様な会談。そしてその中で、事件は起きた。
最大限に加算してあった筈の防御力を歯牙にもかけずに、
中層レベルのプレイヤーの体力が、
たった一撃、
たかがスローイングダガーの攻撃力で、
跡形もなく消し飛ばされた。
「……あり得ない」
マサキの両目はヨルコが落下した先の石畳とそこに突き刺さった短剣とを捉えていたが、脳は既にそれを見ていなかった。マサキの脳内で行われていたのは、ヨルコの背中に短剣が突き立てられ、彼女のHPがゼロになって表の通りに墜落するまでの一部始終の再生と解析。しかしながら、マサキの頭脳をもってしても、今の事象に対しては理解不能の結果を吐き出すことしかできなかった。
デュエルではない。
ポータルPKでもない。
そして、もし。もし、システム上の抜け道でも、未知のスキルやアイテム効果の悪用でもなかったとしたら――
「マサキ、前だ! 正面!!」
思考の海に溺れかけたマサキを引き上げたのは、いつの間にか隣にいたキリトの怒鳴り声だった。マサキは応答する代わりに顔を振り上げ、東から徐々に藍色に染まりつつある街並みを視線で精査する。
そいつはキリトの言葉通り、マサキの真正面、宿屋からツーブロック離れた屋根の上に立っていた。下りつつある夜の帳に溶け込むような黒
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