九十二 女の意地
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耳にも届いている。
相手を挑発するような物言いはこの状況下では命取りだ。気が触れたとしか思えない、いのの奇行にキバは冷や汗を掻いた。だが、彼女の口は止まらない。
「いのッ!!」
実力行使でいのの口を手で押さえる。キバの手の内で、いのは口許に弧を描いた。
険悪な空気が漂ってくるのがわかる。それも兄弟同士で。
「……左近。てめぇは眠ってろ。コイツらは俺一人で殺す」
「そりゃ無いぜ、兄貴。兄貴こそ休んでてよ。俺が主体になる」
「左近。兄貴の言うことが聞けねぇのか」
「普段寝てる癖に、こういう時だけ兄貴面かよ」
同じ身体で、同じ顔で、同じ声で。兄弟は前髪で覆われていない眼を苛立たしげに眇めた。
「「俺より弱い癖に生意気言ってんじゃねぇっ!!」」
同時に放たれる殺気。
双方の心情が手に取るように伝わってきて、いのは秘かに含み笑う。
(……上手くいった…)
兄弟と言えども、喧嘩する。特に、どちらが弱いかと挑発されれば猶更だ。
右近からの足三本分の蹴りを回避した際、いのの耳は左近の「兄貴はせっかちなんだよ」という言葉を目敏く拾っていた。
せっかちな人間というのは、完璧主義者や神経質、そして競争心が強い。これらは必ず当て嵌まるというわけではないだろうが、大体において一つの共通点を持ち合わせている。
彼らは総じて、負けず嫌いが多い。
そういった人間の心理を衝いて、いのは仲間割れを狙ったのである。
キバと赤丸を先へ行かせる隙を作る為に。
唐突に始まった兄弟喧嘩。
唖然とするキバに目配せすれば、いのの意図を察したのか彼は軽く頷きを返した。右近・左近に気づかれないように、そろり、足音を忍ばせる。
上方を仰げば、目の前に聳えるのは断崖絶壁。
ちょっとした谷間にいる為にシカマルの許へ向かうには、この崖を登らなければならない。
幸い赤丸も目を覚ました事だし、このまま三人でシカマルと合流すべきか。
それとも此処で右近・左近と闘うか。
そんなキバの逡巡は他でもない、いのが一蹴した。
「言ったでしょ」
わざと大きな声で挑発していた時とは一転し、囁く。けれどその小声には、彼女なりの覚悟が窺えた。
「アイツらの相手は私がする。だから、」
―――私に任せて。
いのの言葉を信じ、地を蹴る。俊敏な動きで崖を駆け上る仲間の背中を彼女は見送った。
秘かに抜いた何本かの金糸を指の合間から零れ落としておく。風に吹かれ、キバと赤丸が登って行った崖の傍で散らばったのを見届けた瞬間、彼女は身を捻った。
「……ッ、」
耳元を掠める三本の腕。
慌てて距離を取るいのに、相手が賛辞を送った。
「よくかわせたな……」
「……そう易々殴られるほど、私は安い女じゃなくてよ」
いのの不敵な笑
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