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短編集
まっしろ男とまっくろ女
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を切る間隔がぶれてきたり、彩りが悪かったりしてきたはずなのだ。けど、旦那様が気にする様子はなかった。頑張って隠し通していると思っていた。けどそんなことはなかったのだ。お互いが目が見えてないことを隠そうと躍起になっていたから、相手が見えていないなんて考えることなんてできなかっただけ。
「旦那様。今直ぐそちらに向かいます!」
「来るな!」
 旦那様は叫ぶ。それは拒絶。嗚呼、だから彼は昨日、いつまでここにいるのかと私に問うたのだ。完全に視界を閉ざしてしまう自分の元に、私を残さぬように。
 私は金網をよじ登る。今はまだ、彼より私のほうが見える。なら、私が本当に何もできなくなるまでは、彼を助けないと。
 金網を登る音に気がついたのか、旦那様は落ちた棒を手探りで拾い上げて走りだした。棒? 否、あれは杖だったのだ。何故、朝気が付かなかったのか。
「待ってください!」
 彼を追う。白内障の彼はこの晴天の中、何も見えていない。追わないと。私が側にいると伝えないと。
 彼は走る。屋上の階段へと。そうしてその事がわかった時に、私は走りながら人生で一番大きな声を出した。
「止まってぇ!」
 彼は止まらない。階段の側には手摺もなく、フェンスもないのに。だから、私は旦那様を追う。彼が落ちないように、何とかして追いかないと。
 あと一間、もうすぐで届くという時に、旦那様はとうとう階段の側に辿り着いた。けど止まらない。だって、見えていないんだから。彼は屋上の端、僅か一尺程の高さの縁に蹴躓いて屋上から姿を消した。
「ああ」
 間に合わなかった。けど、見ないと。彼が下で、どうなったのか。
 小走りで縁に近づく。大丈夫、私は見えているんだからゆっくりと下を覗けば……
 縁の直ぐ側、僅かな影になっている部分に踏み出した右足は、何故か止まらず前へと滑り、縁へと思い切りぶつかった。そのせいで、走っていた勢いはそのまま回転運動となり私の体を空中へと送り出す。私は浮遊感に包まれながら、木の棒がコンクリートを跳ねる音を聞いた。
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