まっしろ男とまっくろ女
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臓が、止まるかと思った。それ程に彼女の言葉は私に対して強い意味を持っていた。
「こんな晴れた日に失敗してしまうのです。もう以前のように仕えることはできません。日々狭くなる視野の中、叶えられる事があるとすれば、もう一度旦那様の顔が見たい、それだけです」
緑内障は視界が周りからだんだんと暗くなっていく。彼女が進行していっているならば、何かを見るのに一年で一番天頂に太陽がある今日、この晴れた日以外に絶好の日はないだろう。
「ですがそれも叶いませんでした。私は、もう駄目なんです。これでさよならです」
彼女の言いたいことは痛いほど分かる。今から彼女は屋上から身を投げるつもりなのだ。
「待て、待ってくれ。少しでいい。全て話すから」
彼女と言葉を交わす内、随分と彼女に近づけた。後ほんの一、二間だ。今の私はあの日のように強引に彼女の手を掴むことはできない。けど、彼女の肩を叩いて労う事や、私の秘密を教えることはできる。だから、やらないと。仕えてくれた彼女に。
右腕を伸ばす。そう、直ぐ側に彼女がいる。もうすぐ彼女に手が触れる。あと少し、あと少し。
そうして伸ばされた私の指が触れたのは、彼女の髪でも肩でもなく、冷たい金網だった。
◇
「待て、待ってくれ。少しでいい。全て話すから」
そう言いながら旦那様は私へ歩み寄ってくる。階段を駆け上がったからだろうか、彼の足取りは少し覚束なかった。
私の視界はもう、薄暗かった。もうしばらくできっと、本当の真っ暗闇になってしまうだろう。けどその前に旦那様が私の元へ来てくれた。あの日、視界が暗くなっていくことに耐えられなかった私の手を握ってくれたように。
このひと月、失敗が怖くて得意な料理しか作らずにごめんなさい。薄暗い部屋のお掃除が上手く行かなくてごめんなさい。顔が見たいとわがままを言ってごめんなさい。そう、心のなかで謝り続ける
そうして、旦那様は腕を伸ばした。その意味が、分からなかった。だって、屋上の端に立つ私と旦那様の間には、安全のための金網があるんだから。金網に触れて掴む動作をした旦那様を見て、もしかして、登ってきてくれるんだろうか、何て思った矢先、彼の持っていた棒が、床に落ちた。旦那様は左腕も使って目の前の金網に手を触れる。まるで、それが何かわからないというように。
「あ……」
驚いたように目を見開く旦那様。その瞳は、白かった。
「はく、ない、しょう」
私の口から漏れた言葉を聞いて、すぐに旦那様は目を閉じた。白内障、水晶体が白色に濁る事によって視界が白濁する病気。明るいところだと特に、水晶体の中で光が散乱してしまい視界が真っ白になってしまうもの。
そうだ、何故気づかなかったのか。視界が悪い私は、いつだって失敗してきた。料理だってきっと、胡瓜
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