まっしろ男とまっくろ女
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室で、昼食を摂る。ゆっくりと慎重にそれらを口に運んでいく中、一つのものを食べた時、無意識にその言葉を呟いた。
「苦い」
水分がないような舌触り。間違いない、炭化している。焦がしてしまったのだろう。彼女にしては珍しい失敗。
私が呟くとほぼ同時、部屋の入口で、何か音がした。
「誰かいるのか」
問いかけるとその瞬間、その人物は駆け出した。足音で分かる、我が家政婦だ。彼女の足音は離れていき、そうして玄関が開けられ、閉じられた音がした。
恐らく彼女は私の膳を下げに来たのだろう。そうして私が苦いと呟くのを耳にした。だが、何故逃げていったのか。こんな失敗なんて気にすることではないのに。
もしや、私の秘密がばれてしまったのか。何にせよ追わなければならない。私は立ち上がって、また百日紅の棒を握って玄関の外を出た。階段まで小走りで近づく。まだ彼女は近くにいるらしい。僅かに聞こえた彼女の足音は、上の階からだった。
階段を駆け上がる。踊り場までは十段、踊り場から次の階までは十一段を数えながら手摺を握り、上へ、上へと。この半年で怠けた足は上手く動かないが、それでもただ彼女の元へ向かう為に階段を上った。そうして、屋上に出てきた時、唐突に手摺は消えた。油断していたから、体勢を崩した。
「旦那様!」
そんな私を心配してか、遠くから彼女の声が聞こえた。やっぱり屋上に彼女はいたか。
「どうした、そんな遠くにいて。こっちに来いよ」
天頂には太陽が輝いている。屋上は強い日差しに当てられていた。彼女の元へと向かうのは絶望的とすら思えた。だから彼女を呼んだ、呼び寄せようとした。
「いえ、駄目です。旦那様、最期ですから聞いてください」
断られてしまった。だから、私は言葉を投げる彼女の元へ向かう。ゆっくりと、慎重に。持ってきた百日紅を肩に担いで。
「私は、旦那様に拾っていただき幸せでした。ですが、私はもう貴方の下で仕えることはできません」
それは、私の秘密を知ってしまったからか。それを受け入れる勇気がないというのか。けど、私はそれを責める気はない。彼女の人生を私で潰したくはない。
「そういう、事なんです」
いつぞやの、列車に飛び込もうとした彼女の言葉を、今一度聞いた。今この場所はホームではない。だが、アパートの屋上。
「待て! 何でそんなに思い悩む」
あの日のように、すぐには彼女に手が届かないから言葉をかける。慎重に彼女に近づきなから言葉を紡ぐ。
「それにお前の責任はない」
「何だ、旦那様も気づいていらっしゃったじゃないですか」
その言葉に疑問を抱く。私も、気づいていた?
「旦那様が苦いと呟くのを偶々耳にして、その時ようやく料理の失敗に気づきました。こんな木偶な私はもう旦那様の側に居れません。こんな、緑内障の家政婦なんて」
心
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