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月に咲く桔梗
第5話
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意そうな顔をしてから、こう答えた。

「そいつが言うには、必要なのは、自分を律する方の『自律』なんだってさ。自分のやりたいことがたくさんあっても、何かを犠牲にしなければならないこともある。自分がうまくいかないなーって思ったことを潔く切らなくちゃいけないときもある。新たな挑戦をしてみようと決断しなくちゃいけないときもある。何でもやりたいから何でも出来る訳じゃない。それを理解して、自分をコントロールできるようにならなくちゃいけないのが、うちら高校生ができなくちゃいけないことなわけ」

 彼女の言葉の一語一語を、結月は心の中で咀嚼した。

 中学生の頃はやりたいことを何でもできた。だが、高校生、ひいては社会では勝手が違う。自分が大切だと思うことを続けたいのであれば、別の何かをあきらめなくてはいけない。社会に出れば至極当たり前のことであるが、まだ十六歳の誕生日も迎えていない結月にとっては何よりも重い話であった。

「今の片山に何が必要か―――」

 沙織が沈黙を破り、自分の荷物を手に持って立ち上がる。結月もそれに続く。

「いろんなことを一度、清算してみたらいいんじゃない? さ、椅子、片付けようか」

 沙織がそう言うと、二人は長椅子の端を持った。木製の座面の温かみを掌に感じる一方で、金属製の脚は結月の指から熱を奪う。床に降ろすと錆びた留具がぎしぎしと悲鳴を上げた。

「今日は、ありがとうございました」

 部室の鍵を閉める沙織に向かって、結月はお辞儀をした。

「無理しないでね」

 そう言った沙織の普段は拝めないような笑顔に、結月もようやく白い歯を見せた。


 学校の門をくぐって自室のベッドに倒れ込むまで、結月は時間の経過を感じなかった。時が止まったわけではなく、時の流れの中に自分がいないように感じていた。

 お気に入りのふかふかの枕にしばらく顔を沈めていたが、やがて息苦しくなって顔を枕からそらした。結月は顔をそらした理由が、息苦しいせいではなく心が苦しいせいではないか、と思った。そう思ったのは、そっと撫でた枕が湿っていたからだった。

 夕食後、いつもより長く湯船に浸かった結月は、自室に戻るとベッドに勢いよく腰掛け、携帯で優佳あてのメールを打ち始めた。まだ乾ききっていないショートヘアーからは、高校生になったのだからと母親に頼んで変えてもらった、少し高めのシャンプーの甘い香りがしていた。画面をなぞる指は湿っていて、まるで携帯が拒んでいるかのように、思いどおりに文字を入力できなかった。メールを打ち終わると、結月は大きく伸びをしてから深呼吸をして、机の上に置いてある写真立てを手に取った。受験勉強中に何度も救われた大切なその写真を、結月は鍵付の引出しにしまおうとしたが、結局そうすることは無かった。

 
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