無垢の時代
山郷で迷う吸血姫
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番が逆なんじゃねえか。村があったところに湖を造っちまったんだろ』
「ああ、なるほど。要するにダム湖か」
納得はしたが、問題は解決しない。この魔境が仮に崩壊した場合、俺達は揃って真冬の湖に放り出される事になる。俺はともかく、他の連中は溺死するか、それより先に心臓麻痺を起しかねない。やはり全員を見つけ出すのが先決か。
『長閑なところだねぇ』
伝わってくる気配は決して刺々しいものではない。まともに住民が住んでいた頃は、長閑な村だったのだろう。だからこそ、とでも言えばいいか。この村が湖に沈む事を許せなかった――それも、聖杯無きこの世界に魔境を作る程強烈な想いを抱いた誰かがいたのだろう。そう思えば、この景色もどこか物悲しい。もっとも、あまり感傷にばかり浸っている余裕はないが。一見して危険がないことが、そのまま安全である事には繋がらない。思いもよらない搦め手として脅威が忍び寄っている可能性はある。
「しかし、それにしても……」
周囲を見回し、呟く。所詮は泡沫の夢とはいえ……すでに滅び去った場所とはいえ、呼び名も分からないのは不憫でならない。どこか名前を知らせる看板か何かないものか。
『オイ、相棒!』
リブロムの鋭い声に、反射的に視線を正面に戻す。その一瞬、近くの路地を小柄な人影が横切った。一瞬の事ではっきりとは見えなかったが、それでも特徴的な藍色の髪が僅かに見えた。そして背丈からして、
「すずか……?」
すぐに走り寄り、路地をのぞき込むがすでに姿はない。だが、耳を澄ませば微かに足音がする。逡巡している暇も惜しい。半ば勘だけを頼りに、尋常ではない速さで遠のいていく足音を追う。
『何であのお姫様は一人なんだ?』
「それも気になるが、今のは明らかに吸血鬼の身体能力を全開にしているぞ」
その体質に忌避を抱いているすずかは、その力を全開にする事はまずない。それでもなお人並み以上の運動神経を有しているが――だからと言って、俺が全力で走ってなおまるで追いつけない以上、今は全開にしているとしか考えられない。珍しい事だった。異常だと言ってもいい。
「隼よ」
生身では見失う。魔力を練り上げ、一気に加速する。さすがの吸血鬼と言えど、魔力による超加速を上乗せすれば俺の方が速い。すぐにその背中が見えた。
「すずか!」
呼びかけるがまったく応答がない。足を止める気配すらない。いや、それどころか怯えたように足を速める始末だ。どうにもおかしい。さらに加速し、前方へと回り込む。だが、すずかもまたさらに加速しており、正面から激突するような――抱きとめるような形になった。
「こないで! こないで!!」
「待てすずか! 落ち着け!」
途端、すずかが全力で大暴れする。思わず突き飛ばすような形で飛び退いていた。彼女には悪いが、それこそ下級魔物並みだ。力づく
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