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志を抱き才と戯れた男
1話
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はないだろうか。未だにそんな事を思う。
 とは言え、それほど熱心になれる主を見つけた事に関しては、正直羨ましかった。自分は未だに、主君として戴くべき人物を見いだせてはいなかったからだ。
 主君とは何か。王とは何か。天とは何なのか。常々、そんな事ばかり考えていた。答えは未だ、出てはいない。
 今でこそ考えてばかりいるが、若い頃は――いや今も十分若いのだが――己の腕を頼りに諸国を見聞したこともある。だからこそ、見た。今のこの国は、酷い有様だった。民に笑顔は無く、希望の無い姿ばかりが目に映ったのである。食べるモノも食べられないのなら、それも仕方が無いだろう。
 勿論、笑顔が皆無と言う訳では無い。だが、諦念や絶望の表情を見る数に比べれば、その絶対数は遥かに少ないと言えた。言葉に筆舌し難い有様だった。そんな現状は、今の上に立つ者のやり方が間違っていると言う事ではないだろうか。千の言葉を並べるよりも、一度でも下の者たちの顔を見れば解るような事であるのだが、上に立つ者達が顧みる事は無い。否、解っているからこそ、絞るのだろう。既にそこまで腐っているのだ。それが、この国の現状だった。

「曹孟徳か。文若の話は宛てにならんが、噂を聞く限り中々の人物なのだろう。が、それとこれとは話が違うな……」

 流麗な文字で認められた書簡に目を通したところで、呟く。内容は、何度か要請を受けたものと同じであった。推挙してやるから、曹操軍に来ないか。大雑把にいえばそう言う話であった。傍らにある剣を手に取る。命を預ける、戦場での相棒であった。手にすると、ずっしりとした重さを感じた。手に出来ないと言う訳では無い。寧ろ、自由自在に振り回せる。だが、今の自分にとっては、重いのである。剣は戦場を駆ける者にとって、命を預ける物であり、自分の体の一部であった。その体の一部が、重いのだ。それがどう言う事かを考えると、気軽に返事をする訳にはいかなかった。

「まさか、文若が俺の状態を知らないわけでは無いだろうに」

 以前に比べて、身体の調子は良くなかった。異変に気付いたのは、それほど昔の話では無かった。身体が万全であれば、此処まで悩む事は無かったと思う。だが、今は不調であった。本気で力を出し尽くせば、死に至るのではないだろうか。そう考えてしまうほどの焦燥を、時折であるが感じた。だからこそ、悩んだ。
 武芸についてはそれなりのモノを持っていたとは思う。が、天賦の才とまではいわない程度のモノだった。弱くは無い。だが、剣を極めるにまでは至っていないかった。兵士としてならば人並み以上に戦えるだろうが、歴戦の将軍と戦えば、勝つ事はまず無理だろう。その位の才であった。ソレは男としてどこか情けなく感じるが、もって生まれた才、いわば天分である。ならば、其処までのモノだと諦めもついた。何よりも、自分の最
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