騎士の章
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しかしなぁ、白い薔薇とは…。伝説上の花を、よく創ったものだ。」
経緯を聞いたエルンストはその造花をじっと見ていたが、ふと乾物の店での話を思い出し、マルスに提案を持ちかけた。
「なぁ、マルス。今から野外劇場に足を運んでみないか?」
それを聞いたマルスは唖然とし、怪訝な顔をして言った。
「エルンスト…お前、熱でもあるのか?」
そう言われたエルンストは苦笑いし、今度はこちらが乾物店での話しをしたのであった。
話しを聞いたマルスは頷き、それではと行ってみることになったのである。
日は地平に落ち、月が大地を淡く照らしている。その中で、多くの明かりを灯された野外劇場が、一際美しい姿を見せていた。
全体に花崗岩や大理石が使われた豪奢な造りで、周囲は彫刻で飾られた立派なものであった。
そこから歌声が聞こえてきていた。どうやら今日は声楽曲の演奏の様である。
二人は空いていた外側の端の席に腰を下ろした。
「今日はオラトリオだったか。」
エルンストは知っている様子で、ボソッと呟いた。
オラトリオとは、簡単に言えば背景や衣装、振り付けの無い歌劇である。もっと細かく言えば、宗教的ないし瞑想的な性格をもった長い台本に基づき、独唱、合唱および管弦楽によって奏されるものを言う。
ここで演奏されていたのは、M.レヴィンのオラトリオ「時の王とエフィーリア」であった。全三部の大作で、普通は三夜に渡って演奏されるが、今夜はその終わりを飾る第三部であった。
マルスもこの曲は知っていた。リリーの街でも演奏され、それをアンナと聞きに行ったことがあったからだ。
それはさておき、二人は暫らく演奏に聴き入っていた。
内容は、伝説の騎士とその恋人の物語であり、一般的には<白薔薇の伝説>として知られているものである。
オラトリオも終盤に入り、アルトがレシタティーヴを歌う。
数多の叙勲を受けし騎士あり
彼の者の心は此処に在らず
愛しき人への想いを抱き
遠き彼方へと飛んでいるのだ
そのレシタティーヴの伴奏が静かに終えると、二本のオーボエ・ダモーレとリュートを伴うテノールのアリアが続いた。
走れ、駆けろ!この想いと共に!
わが心は懐かしき故郷へと続くのだ
飛べ、羽撃け!この愛と共に!
愛しき人の待つ場所へと急ぐのだ!
何を躊躇うことがある?
われは愛する人とあるために
この日を待ちわびていたのだから!
この後、マルスが唯一嫌いな場面があった。
主人公は二人とも死に、墓に埋葬されてしまうところである。
―ハッピーエンドにすればいいのにさ…。―
そうマルスは思ったが、伝説まで変えられるわけもなく、オラトリオの終曲合唱「ああ、汝らのために祈ろう」が高らかに歌われていた。
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