MR編
百四十話 冷たい雨
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な道を歩んできた旅人をたたえるような、尋常ならざる道を歩み、余人には到底たどり着けへぬ高みへと到達し得た者へ抱くような、そんな強い感情が、三人の胸の内に静かに渦を巻いていた。
まるで頭を垂れるように数秒俯いて沈黙した明日奈は、倉橋医師を見て言った。
「ユウキに会わせてくれて……ありがとうございました。ユウキは、此処に居れば、ずっと向こうの世界で度を続けられるんですね……」
「それは……」
ある種、縋るような、絶望的な現実の中に見る、一筋の希望の光を負う様なその言葉に、一瞬だけ、倉橋医師は返答に詰まった。そのまま、彼は周りに居る他の二人を見る。そして……戦慄した。
明日奈の表情は、倉田医師にとってはある意味で見慣れてしまった物だった。人は往々にして、自分にとって希望となる言葉を求める。彼女のような眼をした患者を、家族を、倉橋はこれまでの医者としての人生の中で、何度も見てきたからだ。
しかし明日奈の横に居た二人の若者は、彼女とは全く逆の、しかし倉橋の知る、もう一つの眼をしていた。
希望を持たず、ただ、絶望的な全てを受け入れる、覚悟。其れを倉橋は二人の瞳の中に見て、あぁ……と確信した。
経緯は分からない。だが間違いなく、この二人の若者と目の前の一人の少女は、其々全く違う何かを目的にして、この場所へ来たのだろう、と。
「……いいえ」
そしてどちらの者へも揺らぐことの無い真実を伝えることこそが、彼の義務なのだ。
「例え周囲が無菌の状態であっても、元々体内に存在する細菌やウィルスを排除する事が出来る訳では有りません。AIDSが発症している以上免疫系の能力は確実に低下し、それらの勢力は増して行きます。それにHIV自体も、脳に入り込む事で脳症を引き起こします、木綿季君は其れも進行している。自力で身体を動かすことも、今の彼女にはもう出来ないのです」
「ぇ…………」
「AIDSが発症してから、三年半。彼女の症状は既に末期症状に入って居ます。彼女自身もVR空間に入ったことによって鮮明なまま残る意識で、其れを理解しています」
「……だから、木綿季さんは、明日奈の前から……」
美幸の言葉を、倉橋は受け取るように頷いて、はっきりと言った。
「はい」
「……そん、な……」
「明日奈……」
悲嘆と絶望が胸を満たす中で、明日奈は小さく首を振る。小さく数歩後退した彼女の方を、美幸が支えた。
痛ましげに彼女を見る涼人が、不意に視線を逸らす。
「……一つ、いいですか」
「何でしょう」
「……嬢ちゃ……木綿季さんは、前に明日奈と会った時、此奴の事を「姉ちゃん」と呼んだそうです。……彼女には、お姉さんが?」
「あぁ……はい、その通りです。そもそも全ての発端である帝王切開が行われたのは、彼女が双子だったからなのですよ。藍子さんと
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