第十五章 忘却の夢迷宮
第八話 炎の魔人
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――“幸せ”
幸せなんだ。
目の前で悲しみに顔を歪め涙を流していたシャルルの表情が、ゆっくりと変わっていく。
『なんだシャルル。そんな顔をして』
『だって、仕方がないじゃないか』
『そんなに、変な事を言ったか?』
『違うよ』
『お前を王にすると言ったのは本気だぞ』
『だから違うんだって』
『なら、何なんだ?』
『何が?』
『どうして、笑っているんだ?』
『そんな事、決まっているじゃないか』
『兄さんが、幸せそうに笑っているからだよ』
フリゲート艦の甲板に降り立ったタバサは、戸惑いの中にいた。
甲板の上、自身の右腕から流れた血溜りの中で力なく座り込むジョゼフがいる。
憎い仇。
長年の宿敵である。
何度も、何度も夢にまで見てきた仇だ。
しかし、タバサはそれが誰なのか直ぐに思い至らなかった。
何故なら自分の記憶にある憎悪と恐怖の対象であったジョゼフの姿と、目の前でボロボロと涙を零す男の姿が余りにも乖離していたからである。
涙を流しながら、しかし笑ってもいる、そんな複雑な顔で座り込むジョゼフの隣には、厳しい顔のアンリエッタがジョゼフの右腕に水魔法による治療を施していた。それを見下ろす形で士郎がジョゼフの前に立っている。
何となく士郎がジョゼフを倒したという事は分かったのだが、何がどうなってこのような状態になったのか全く想像できないタバサが立ち尽くしていると、背後から甲板に聖堂騎士たちが降り立つ音が聞こえハッと我に返った。
「シャルロットか」
「っ」
ビクリと、タバサは身体を震わせた。
臆したわけではない。
怯えたわけではない。
ただ、単純に驚いただけである。
あまりにも穏やかな、そして暖かな声であったから。
驚きのあまり前へ出そうとした足が止まりかけたが、直ぐに力強く甲板を踏みしめ前へ出た。
「何が、あったの?」
士郎の隣で、タバサが静かに口を開いた。
ゆっくりと顔を上げ、タバサを見上げるジョゼフ。自分を見上げるジョゼフの瞳に、タバサはますます混乱する。
あまりにも自分の知るジョゼフと違った。
その姿形は最後に見たものと寸分違わない。
しかし、その身に纏う雰囲気が、その顔に浮かぶ表情が、自分の知るソレとは一致しない。
憑き物が落ちた―――そんな言葉があるが、まさにそれである。
「―――あなたに、何があったの? 答えて」
タバサの再度の問いに、ジョゼフは静かに顔を左右に振った。
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