第3話
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…」
そう呟いて少年は目を閉じた。
何もかもが、遠い過去のことのように感じた。もう、自分を殺そうとした元βテスターのプレイヤーにさえ、ああ、そんなことあったなあ程度の感情しか抱けなかった。自分が置いてきた青年を想う。自分を置いて行ったであろう彼を想う。頭の中にぼんやりと浮かぶ、筆舌に尽くしがたい感情が、少年の胸の辺りを苦しいぐらいに締め付ける。
思い残すことはもうないなんて、死んでも言えない。未練はたくさんある。未練だらけだ。だがそれも、俺という存在が完全に消えるまで。死んで無くなるまでの辛抱だ。この、どうしようもない想いを抱えたまま消滅すればいいのだ。呆気なく、泡のように。
少年はじっと、その時を待った。唯々、自分という存在が消える瞬間を、自分という存在を消滅させる筈の存在を、待った。たくさんの感情を、胸の奥に押し込めたまま、じっと。
だがその瞬間は、永遠にやってこなかった。寧ろ、はっきりとしてくる。自分という存在が、聴覚が、嗅覚が、触覚が、段々と、その意義を取り戻す。どうして、自分は死んだのでは。ここはあの世か。否、この音、聞き覚えがある。この光、見覚えがある。思い出せ、思い出せ。
そう、破裂音。何かが破裂したときの音だ。一体何が。否、知っているはずだ。
目を開こうと試みる。薄っすらとだが、目が開く。どうやら自分は生きているらしい。ゆっくりと、自分の視界に入っているものを認識しようとする。だが、うまく認識できない。何故なら、少年の視界を支配していたのは、唯、黒だったのだから。黒だけが、少年の視界を支配していたのだから。
黒色、漆黒、暗黒、そんな言葉が思い浮かんだが、そもどれもが目の前のそれには当てはまらないような気がした。どちらかといえば、そう、夜空に浮かぶ星ごと世界を包み込む宇宙のような壮大さを感じさせる。少年はそれに好感を持った。これは最近知ったことなのだが、自分は夜空を眺めることが好きらしい。
徐々に目の焦点が合ってくると、その黒が何なのかが分かった。
紛れもなく人だった。片手に短剣を持っているところから見て、恐らくプレイヤーだろう。少年にとどめを刺そうとしたモンスターが見当たらず、辺りにはポリゴンの破片のようなものが四散している。成程、さっきの破裂音は敵モンスターが爆散した音だと理解する。自分にとどめを刺そうとしていたモンスターが見当たらないことから、どうやら爆散したのはそれのようだ。自分は目の前のプレイヤーに助けられたらしかった。そして、四方に散らばってゆくポリゴンの光に照らされている、どこか神秘的な黒の姿を、少年は漸くはっきりと認識した。
全身を覆うのは何の飾り気もないぼろぼろのローブ。フードを目深に被り顔は隠されており、その下にも何かをつけているのか、肌らしいものが見えない。
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