34.喪った者の言い分
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た」
俯いた彼女の表情は、長い髪に隠れて窺い知れない。ただ、小さな方の震えだけが少なくない悲しみを感じさせる。ティズがそうだったように、アニエスもたった一日で家族を全て失ったのだ。しかも、目の前で。その悲しみの深さは計り知れない。
明日からも続くと信じていた世界が幻であったかのように崩れ去る絶望……過去のないリングアベルには理解できないし、祖父を亡くしたベルが感じた悲しみも彼女に比べると微々たるものだった。ヘスティアもまだ、プライドとお金以外の物を喪ったことはない。
もしもこの悲しみを理解できる人間がいたとすれば――それは、ティズだ、とエアリーは思う。
「ティズもまた、故郷を目の前で失った少年です。前からティズは、『こんな悲しみをもう誰にも味あわせたくない』と言っていました………その気持ちを、私は痛いほど理解できました。誰にも、もう傷ついて欲しくない。誰にも目の前で苦しんでほしくない………しかし、その想いの強さが私を惑わせる」
アニエスは夢を見る。
人がいいあの少年はいつか……あの修道女のように、壁となって散る。
そんな見たくもなくて、悲しい夢を。
「私は死に瀕した彼を助けました。たった独りで生き延びてしまった彼と私自身の立場を重ねたのかもしれません。でも、それでも生き延びた彼をどうしても助けたかった。たとえ目を覚ました彼が事実を知ってどんなに苦しむとしても、目の前で苦しむ少年に……生きてほしい、と強く願いました」
アニエスが修道女たちを喪って絶望に打ちひしがれたとき、真っ先に考えたのは「使命を果たせなかった私こそが死ぬべきだった」という自傷的なものだった。それでもアニエスが行動を起こしているのは、未来を託されたからに他ならない。
『巫女様をお守りするのよ!!』
『この命に代えても、巫女様だけは!!』
今も耳にこびり付く、最期の言葉。修道女たちの誰もがアニエスを――風の巫女がいつか使命を果たすことを信じて散って逝った。確かにそれは託された物なのだ。
だが、ティズは違う。誰かに戦う使命を与えられたわけではないし、きっと彼の家族もそんな使命を彼の背に科したかった訳ではない筈だ。アニエスだって、彼に壁になって欲しいから助けた訳ではない。
「ダンジョンは常に危険の付き纏う魔窟……命の保証などありません。私は……私はそんな場所に彼を送り出すために助けたのではありませんっ!!彼には使命感はあっても使命はない。戦う必要はないのです!なのにエアリーもティズも人の気を知らないで……ッ!!」
聞いてみれば何の事はない。アニエスはただ純粋に、あの人のいい少年に戦いという血生臭いステージに立ってほしくないだけだ。巻き込みたくなくて、死んでほしくなくて、他に望む物など精々「平穏な生活を送って
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