エピ-ミュトス
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る。指先が痙攣して、重ねた右手の人差し指の爪のエナメル質の表面と中指の指紋が擦れあう。栗色の髪の少女が黄昏の光を受けて、メランコリーな影法師が長く長く長くながく延びていく。
1児の母となった女性が、視線を上げた。
丘の上には一本だけ木が立っている。大木と言う程でもない。人が3人も集まれば木の周囲を抱きかかえられるくらいの大きさで、高さも10mもないだろう。本来は鮮やかな緑色なのだろうが、幽邃を受けた樹木は枯れているようである。
その木陰に誰かいる。風に銀の髪をそよがせて、向こうを眺めていた。逢魔の光を受けた銀の髪が妖を孕み、黄金に煌めく。
心臓の血管が一斉に委縮する。心臓の筋肉が蠕動し、心臓が肥大する。
プルートが彼女の名前を呼んだ。彼女は振り返らず、ただ風に髪をそよがせていた。
モニカが彼女の名前を呼んだ。彼女は振り返らず、ただ風に髪をそよがせていた。
?き人が声を上げる。誰かの影は微かにだけ身動ぎして、こちらを、振り向いた。
※
お母さん―――耳の中を舐めるような、穏やかな声がしっとりと鼓膜を濡らす―――お母さんと誰か来たよ。
自分の、娘の声だ。判然と薄れた意識が、くしゃりと固着した。
小高い丘の上。視界を遮るものは何もなく、明るい陽が真上からじりじりと照り付ける。もの憂いように見上げる。脇に立つ樹が影を作ってくれなければ、熱で溶けて死んでしまいそうだ。なんて。樹はもう若くないのか、ごつごつした皮膚は触れればぽろぽろと崩れそうで、そして実際手で触れてみれば、その威厳を感じる見た目に反して、呆気なく樹皮が剥離して、砕けて大地に落ちていく。掌の爪の中に、指紋に、樹の屑が付着していた。また、木にふれてみる。
しっとりと肌の上を伝っていく微かな冷たい身動ぎを感じながら、娘の顔を見た。
見上げる少女の瞳は青く、セミロングの髪は栗色だった。純白の肌は雪のようで、触れればそのまま溶けてしまいそうだ。娘が右手に握ったシネラリアの灰色の花弁が風と戯れてゆらゆらと頭をもたげる。綺麗なお花。足元にはサイサリスの紅の襞が艶やかなに咲いている。綺麗なお花。名前はわかんないけど白い花もお淑やかに首を下げて雪が零れるように綺麗綺麗キレイきれい。イヌサフランの紫色きれいきれい綺麗なお花。肌と同じくらい白いワンピースを握る少女の顔つきはなんだかもの悲しい。そういう顔を見るのは嫌だな、と思って、手を取って、背後を振り返った。
1人の人影が眼に入った。と、思ってから、3人だと気づいた。
風が吹く。少女が頭にかぶった麦わら帽子が飛びそうになって、慌ててその帽子を押さえた。
名前を呼ぶ声が聞こえる。栗色の髪の蒼い瞳の女性が、無邪気な笑みを浮かべて手を振っている。黒い髪の女性が柔和な―――笑みを浮かべている。
………。
その音
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